ラムシュタイン空軍基地

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ラムシュタイン空軍基地
Ramstein Air Base
C-130 and Ramstein AB Control Tower.jpg
IATA: RMS - ICAO: ETAR
概要
国・地域 ドイツの旗 ドイツ
所在地 ラインラント=プファルツ州カイザースラウテルン近郊
種類 軍用
運営者 在欧アメリカ空軍
標高 237 m (776 ft)
座標 北緯49度26分38秒 東経007度36分08秒 / 北緯49.44389度 東経7.60222度 / 49.44389; 7.60222座標: 北緯49度26分38秒 東経007度36分08秒 / 北緯49.44389度 東経7.60222度 / 49.44389; 7.60222
地図
RMSの位置(ラインラント=プファルツ州内)
RMS
RMS
滑走路
方向 長さ (m) 表面
09/27 2,828 舗装
08/26 3,200 舗装
リスト
空港の一覧
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ラムシュタイン空軍基地 (Ramstein Air Base)は、ドイツ南西部ラインラント=プファルツ州にあるヨーロッパ最大のアメリカ空軍基地である[1]

総説[編集]

在欧アメリカ空軍(USAFE-AFAFRICA)およびNATO連合軍司令官(AIRCOM)のアメリカ空軍の本部として機能している。基地は、カイザースラウテルンの農村地区にあるラムシュタイン=ミーゼンバッハの町の近くに位置する。

ラムシュタイン空軍基地の東門は、(アメリカ人が「Kタウン」と呼んでいる)カイザースラウテルンから約16キロにある。近くのコミュニティとして、基地の西門のすぐ外にあるラムシュタイン・ミーセンバッハと、西門から約3マイル(4.8km)離れたラントシュトゥールの町がある。

ドイツの航空法により、午後10時から午前6時まで原則として飛行が制限される[2]。ラムシュタイン=ミーゼンバッハ市長に対し、いつでも基地内に立ち入れる通行証が発給されている[1]

歴史[編集]

空軍基地の建設は、1949年から1952年にかけて、フランス陸軍アメリカ陸軍工兵隊によって設計され、実施されたプロジェクトであった。これは国際協力の一例であった。フランスのエンジニアによって設計されたもので、わずかな西ドイツと、イタリアポルトガルスペインギリシャトルコの労働者(第二次世界大戦後の建設プロジェクトに携わるドイツ人男性はほとんどいなかった)によって建設され、アメリカ人が運営していた。

1988年8月28日イタリア空軍の曲芸飛行隊フレッチェ・トリコローリアエルマッキMB-339が、同基地で開催されていた航空ショー曲技飛行中、3機が空中衝突を起こし墜落。そのうち1機が観衆の真ん中に突っ込んで墜落し炎上、地上の観客とパイロット合わせて70名が死亡、346名が重傷を負う大惨事となる。

脚注[編集]

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