ランドヒリュウ

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ランドヒリュウ
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1982年4月12日
死没 1999年
登録日 1984年
ブレイヴェストローマン
ナッシングライムド
母の父 Emerson
生国 日本の旗 日本北海道浦河町
生産 辻牧場
馬主 木村善一[1]
調教師 小林稔栗東[1]
競走成績
生涯成績 22戦7勝
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ランドヒリュウとは日本競走馬である。中央競馬重賞を3勝し、引退後には種牡馬となった。

競走馬時代[編集]

1982年北海道浦河の辻牧場で生産[1]。木村善一に購入され、日本中央競馬会 (JRA) ・栗東トレーニングセンター小林稔厩舎に預託される。

1984年12月阪神競馬芝1200メートル新馬競走で競走馬デビューし勝利を挙げる。次に阪神3歳ステークスへ出走し、単勝5番人気に推されるが7着に終わる[2]

年が変わり1985年の初戦はシンザン記念となったが、14着と大敗。続いて自己条件(400万円以下条件)のクロッカス賞に出走し、初めてのダート競走ながら2勝目を挙げ、さらにオープン特別競走の春蘭賞も8番人気ながら勝ち、連勝する。れんげ賞では4着に終わるが、村本善之騎手に乗り替わりとなった京都4歳特別にて重賞初勝利を挙げた。さらに東京優駿(日本ダービー)に挑戦して4着となった[3]

膝の骨折に裂蹄も重なり[4]、約2年におよぶ休養[4][5]を経て1987年に復帰した。クラスも降級し1400万円以下条件からの再スタートとなったが、ダートの安芸ステークスで2着となったあと、芝のテレビ愛知賞で復帰後初勝利を挙げた。続いて重賞の高松宮杯に進み、2着ポットテスコレディにアタマ差ながら勝利した[1]

1988年以降もGI競走で4着(1988年宝塚記念)、GII競走でも日経新春杯を勝ち[6]大阪杯で2回(1988年、1989年)、高松宮杯で1回(1988年。優勝馬オグリキャップ)2着となるなど、8歳(旧表記)まで重賞戦線で活躍した。1989年の宝塚記念に出走予定であったが、枠順発表後にフレグモーネのため[7]出走取消となり[7][8]、そのまま引退した。

重賞勝ち[編集]

  • 京都4歳特別(1985年)
  • 高松宮杯(1987年)
  • 日経新春杯(1989年)

種牡馬時代[編集]

競走馬引退後は日高軽種馬農協浦河種馬場[9]、野深スタリオンステーション[10]で種牡馬として繋養された。当初は年間50頭前後に種付けを行っていた[11]が、33頭いた[9]初年度産駒の成績が上がらず、1994年以降の種付け数はひと桁に減った[12]。2年目の産駒からトウカイパレスが1995年に中央競馬の菊花賞で2着となる実績を挙げた[10]が、種付け数が回復することはなかった。

トウカイパレス以外のおもな産駒には、中央競馬においてサラブレッド系種の最多出走記録を更新(通算127戦)したハートランドヒリュがいる。

血統表[編集]

ランドヒリュウ血統ネヴァーベンド系Nearco 4×5×5=12.50%、Djebel 5×5=6.25%) (血統表の出典)

*ブレイヴェストローマン
Bravest Roman
1972 鹿毛
父の父
Never Bend
1960 鹿毛
Nasrullah Nearco
Mumtaz Begum
Lalun Djeddah
Be Faithful
父の母
Roman Song
1955 鹿毛
Roman Sir Gallahad
Buckup
Quiz Song Sun Again
Clever Song

*ナッシングライムド
Nothing Rhymed
1970 鹿毛
Emerson
1958 鹿毛
Coaraze Tourbillon
Corrida
Empenosa Full Sail
Ermua
母の母
Martinetta
1961 栗毛
Ballymoss Mossborough
Indian Call
Martica My Babu
Arca F-No.7-a

半兄ヒダカスピードは10勝[1]を中央競馬で挙げ、引退後に種牡馬となった[1]。母ナッシングライムドの曾孫にハシノケンシロウ(カブトヤマ記念新潟大賞典)がいる。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f 「今月の記録室『第17回高松宮杯(GII) ランドヒリュウ』」『優駿』、日本中央競馬会、1987年9月、 151頁。
  2. ^ 競走成績 第36回 農林水産省賞典阪神3歳ステークス(GI)” (日本語). 日本中央競馬会. 2012年6月9日閲覧。
  3. ^ 競走成績 第52回 東京優駿(GI)” (日本語). 日本中央競馬会. 2012年6月9日閲覧。
  4. ^ a b 梶山隆平「げっかん評論」『優駿』1987年9月、 139頁。
  5. ^ 山口梅治「今月の記録室『第17回高松宮杯(GII) ランドヒリュウ』」『優駿』1987年9月、 150頁。
  6. ^ 「今月の記録室『第36回日経新春杯(GII) ランドヒリュウ』」『優駿』1989年3月、 146-147頁。
  7. ^ a b 「今月の記録室『第30回宝塚記念(GI) イナリワン』」『優駿』1989年8月、 144頁。
  8. ^ 競走成績 第30回 宝塚記念(GI)” (日本語). 日本中央競馬会. 2012年6月9日閲覧。
  9. ^ a b 「わかりやすい'93年3歳新種牡馬特集『注目の内国産新種牡馬』」『優駿』1993年8月、 52頁。
  10. ^ a b 畠山直毅「第62回菊花賞敗戦の記 それでも2着に大健闘。トウカイパレスの父、ランドヒリュウに乾杯!」『優駿』1995年12月、 22-23頁。
  11. ^ 「わかりやすい'93年3歳新種牡馬特集」『優駿』1993年8月、 50頁。
  12. ^ 馬情報検索 ランドヒリュウ 種牡馬情報:世代・年次別(サラ系総合)” (日本語). JBIS-Search. 日本軽種馬協会. 2012年6月9日閲覧。