ラ・バンク・ド・ロア

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
検索に移動
ラ・バンク・ド・ロア
La Banque du LoA
La Banque du LoA(Yokohama) 01.jpg
情報
旧名称 露亜銀行横浜支店
警友病院別館
用途 結婚式場
旧用途 銀行、領事館、入国管理事務所、病院事務所
設計者 Berbnard Michael Word
施工 五洋建設(改築)
建築主 露亜銀行
管理運営 株式会社ワールドサービス
構造形式 鉄筋コンクリート構造
建築面積 489.54 m²
延床面積 1,520.49 m²
階数 地上3階建
竣工 1921年
改築 2011年
所在地 231-0023
神奈川県横浜市中区山下町280番地
座標 北緯35度26分45.02秒 東経139度38分41.46秒 / 北緯35.4458389度 東経139.6448500度 / 35.4458389; 139.6448500座標: 北緯35度26分45.02秒 東経139度38分41.46秒 / 北緯35.4458389度 東経139.6448500度 / 35.4458389; 139.6448500
文化財 横浜市指定有形文化財
指定・登録等日 2006年11月1日
テンプレートを表示

ラ・バンク・ド・ロア: La Banque du LoA)は、神奈川県横浜市中区山下町に所在する結婚式場である。1921年に露亜銀行横浜支店として建設され、1923年関東大震災1945年横浜大空襲も耐え抜いてきた。横浜で唯一現存する外国資本の銀行建築の遺構である[1]

歴史[編集]

1921年に、露亜銀行横浜支店として建設された。露亜銀行は1926年に日本から撤退、その後J・H・モーガン設計事務所、1928年に横浜市瓦斯局、1935年よりドイツ領事館として使用された。第二次世界大戦後は進駐軍が使用し、1959年からは横浜入国管理事務所となる。1978年から1996年まで警友病院の別館として使用されたが、同院が横浜みなとみらい21地区に移転した以降は県が所有する空き家となっていた[2]2005年に、民間事業者による県有地の活性化に向けた公募が行われ[3]、大和地所が選定された。2010年7月から2011年8月まで1年余りにわたる外壁修復や耐震工事ののち、運営会社である株式会社ワールドサービスにより、2011年9月に結婚式場「ラ・バンク・ド・ロア」としてオープンした[4]

旧露清銀行横浜支店[編集]

露亜銀行は1910年露清銀行ソシエテ・ジェネラル子会社の北方銀行とが合併して出来た銀行であるが、露清銀行は1902年に横浜支店を開設していた。本ビルにほど近い中区役所そばの大桟橋通り沿い地図[5]で、神奈川県立歴史博物館同様ドームを設けた華麗な建物であったが関東大震災で損壊。長らく半地下部分が残っていたが、1987年に取り壊された[6]

建築[編集]

本ビルが建設されたのは煉瓦造りから鉄筋コンクリート構造へと移り変わる過渡期であり、両構造が混在する[7]。バロック様式の建物をコンクリート造で建設した初期のものと考えられ、横浜で最後に建設されたバロック建築である[1]。他の銀行建築に比べ、個々の装飾が大きい点が特徴的である[8]。ギリシャ風の2本の円柱[9]やエントランスの破風[6]等の外観、内部の大理石の階段は結婚式場へとリノベーションする際にもそのまま残され、露亜銀行当時に使用されていた金庫はギャラリーとして活用されている。

2006年11月1日に横浜市指定有形文化財に指定され[10]2013年度には横浜市都市整備局より「第6回横浜・人・まち・デザイン賞」を受賞している[11]

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • 吉田鋼市『ヨコハマ建築慕情』鹿島出版会、1991年5月20日、94-95頁。ISBN 4-306-04284-7。
  • NPO法人横浜シティガイド協会『ハマの建築探検』神奈川新聞社、2002年6月26日、68-69頁。ISBN 978-4-87645-315-3。
  • 川本明生『東京&横浜の長寿建築 続』深夜叢書社、2014年7月、129頁。ISBN 978-4-88032-416-6。