リエジソン・ダ・シウヴァ・ムニス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
この名前は、ポルトガル語圏の人名慣習に従っています。第一姓(母方の)はダ・シウヴァ第二姓(父方の)はムニスです。
リエジソン Football pictogram.svg
Liédson.jpg
名前
本名 リエジソン・ダ・シウヴァ・ムニス
Liédson da Silva Muniz
愛称 Levezinho (すらりとした奴)
ラテン文字 LIÉDSON
基本情報
国籍 ポルトガルの旗 ポルトガル
ブラジルの旗 ブラジル
生年月日 (1977-12-17) 1977年12月17日(40歳)
出身地 ブラジルの旗 ブラジル カイルポルトガル語版
身長 175cm
体重 63kg[1]
選手情報
ポジション FW
背番号 19
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2001-2002 ブラジルの旗 コリチーバ 9 (5)
2002 ブラジルの旗 フラメンゴ 24 (14)
2003 ブラジルの旗 コリンチャンス 14 (10)
2003-2011 ポルトガルの旗 スポルティングCP 214 (116)
2011-2012 ブラジルの旗 コリンチャンス 34 (13)
2012-2013 ブラジルの旗 フラメンゴ 17 (4)
2013 ポルトガルの旗 ポルト (loan) 6 (0)
代表歴
2009-2010 ポルトガルの旗 ポルトガル 14 (4)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説■サッカー選手pj

リエジソン・ダ・シウヴァ・ムニスLiédson da Silva Muniz1977年12月17日 - )は、ブラジルバイーア州出身の元サッカー選手ポルトガル代表であった。ポジションはフォワード

経歴[編集]

クラブ[編集]

ブラジル時代[編集]

バイーア州カイルポルトガル語版に生まれた。アマチュアクラブでプレーしていた時は週末にサッカーをし、平日はスーパーマーケットで働く生活を送っていたが、22歳の時にコリチーバFCからプロデビューを果たした[1]。その後はリオデジャネイロのCRフラメンゴとサンパウロのコリンチャンスというふたつのビッグクラブでプレーし、それぞれのクラブで個人的な成功を収めた。

スポルティングCP[編集]

2003年夏、移籍金200万ユーロでポルトガル・スーペル・リーガスポルティングCPに移籍した[2]。2004-05シーズンにはリーグ戦で25得点を挙げてリーグ得点王に輝いた[1]。2005-06シーズンには出場31試合で15得点を挙げ(フル出場は28試合であり、出場時間は2899分であった)、得点ランキングの2位にランクインした。2006-07シーズンは再びリーグ得点王に輝き、チームはタッサ・デ・ポルトガルで優勝した。かつてスポルティングに所属したフェルナンド・ペイロテオエクトル・ヤサルデマヌエル・フェルナンデスポルトガル語版ルイ・ジョルダンフェルナンド・ゴメスジョルジ・カデテアルベルト・アコスタマリオ・ジャルデウらに匹敵する偉大なストライカーと認識され、ルイス・フィーゴクリスティアーノ・ロナウドナニリカルド・クアレスマ以来となるクラブの象徴的な選手とみなされた。

2008年10月22日、UEFAチャンピオンズリーググループリーグ・FCシャフタール・ドネツク戦で決勝点を挙げ、同大会でのクラブ最多得点記録に並んだ[3]。11月1日に行われたグループリーグ最終戦のFCバルセロナ戦は2-5と惨敗したが、欧州カップ戦での通算19得点目を決め、クラブ記録を更新した[4]。2009年2月のSLベンフィカとのダービーマッチでは2得点を挙げ、2008-09シーズンは17得点で得点ランキング2位にランクインした。2008年夏と2009年夏にはリーガ・エスパニョーラセビージャFCへの移籍が噂されたが、いずれも実現していない[5]

2009年12月から2010年1月にかけて、負傷で1ヶ月間戦線を離れたが、1月18日のCDナシオナル戦 (3-2) で復帰し、途中出場ながら2得点を決めた。3月7日のCFベレネンセス戦 (4-0) では4得点すべてをひとりでたたき出した。10月21日、UEFAヨーロッパリーグKAAヘント戦 (5-1) では2得点を挙げ、クラブの欧州カップ戦通算200得点目を決めた選手としてクラブ史に名を刻んだ。2011年2月4日のナヴァル戦 (3-3) がスポルティングでの最終戦となり、その試合で2得点を挙げて有終の美を飾った[6]。スポルティングでは公式戦310試合に出場して174得点を挙げ、最多得点記録を保持している。

ブラジル復帰[編集]

2011年1月31日、33歳のリエジソンは古巣コリンチャンスと契約を交わした[7]。2012年8月2日、CRフラメンゴと2013年末まで契約を結び、10年ぶりに復帰した。2013年1月にFCポルトにシーズン終了までの期限付き移籍をした。

代表[編集]

ポルトガル国籍取得[編集]

スポルティングCPで得点王に輝く活躍を見せてもブラジル代表には招集されずにいた。2006年のペドロ・パウレタの引退後、ポルトガル代表は絶対的なストライカー不在に悩まされており、ポルトガル国民はスポルティングで安定した成績を残していたリエジソンのポルトガル代表入りを期待した[8]。本人もポルトガル代表招集に興味を示しており、ポルトガル在住が6年になる2009年7月から国籍取得の申請を行った[9]。ポルトガル国籍の取得が完了すると[10][11]、2009年8月26日、カルロス・ケイロス監督によってポルトガル代表に初招集され、MFデコ、DFペペらに次ぐ5人目のブラジル出身ポルトガル代表選手となった[12]

ポルトガル代表[編集]

ポルトガル代表の救世主として期待され[13]、2009年9月5日のデンマーク戦でハーフタイムにティアゴ・メンデスと代わって出場して代表デビューし、ナニのコーナーキックから[14]チームを引き分けに導く代表初ゴールを決めた[15][16]。南アフリカで開催された2010 FIFAワールドカップの出場メンバーにも選出され、グループリーグ初戦のコートジボワール戦 (0-0) では先発出場した。第2戦の北朝鮮戦 (7-0) はウーゴ・アルメイダにポジションを譲ったが、途中出場して大会初得点を挙げた[7]

個人成績[編集]

クラブでの出場成績[編集]

2011年2月3日現在
クラブ シーズン リーグ カップ リーグカップ 欧州カップ/南米カップ 通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
コリチーバ 2001 9 5 9 5
2002 2 0 15 14 17 14
合計 9 5 2 0 15 14 26 19
フラメンゴ 2002 24 14 24 14
合計 24 14 24 14
コリンチャンス 2003 14 10 14 10
合計 14 10 14 10
スポルティングCP 2003-04 27 15 2 1 - - 4 3 33 19
2004-05 31 25 2 1 - - 14 9 47 35
2005-06 31 15 5 2 - - 2 0 38 17
2006-07 28 15 6 6 - - 5 0 39 21
2007-08 26 11 3 3 5 4 11 6 45 24
2008-09 26 17 2 2 3 4 4 2 35 25
2009-10 28 13 3 3 2 2 13 4 46 22
2010-11 13 3 3 2 2 1 6 2 24 8
合計 214 116 27 20 12 11 59 26 311 171
コリンチャンス 2011 28 12 16 11 44 23
2012 6 1 11 2 11 2 28 4
合計 34 13 27 13 11 2 72 27
フラメンゴ 2012
合計 ––
通算 300 159 56 25 12 11 70 27 490 259

代表での得点[編集]

タイトル[編集]

クラブ[編集]

コリンチャンス
スポルティングCP
FCポルト

個人[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c Liedson, cameras, action! UEFA.com、2005年5月17日
  2. ^ Sporting snare Liedson UEFA.com、2003年8月31日
  3. ^ Liedson lauds Sporting spirit UEFA.com、2008年10月23日
  4. ^ Liedson happy to settle at Sporting UEFA.com、2009年7月10日
  5. ^ セビージャ、リエジソンをターゲットに?”. Goal.com (2009年3月9日). 2009年10月3日閲覧。
  6. ^ Liedson until the bitter end”. PortuGOAL (2011年2月4日). 2011年2月10日閲覧。
  7. ^ a b Sporting striker Liedson returns to Corinthians”. The Guardian (2011年1月31日). 2011年2月10日閲覧。
  8. ^ footballista、ソルメディア、2010年6月4日号、71頁
  9. ^ ブラジル人FWリエジソン、ポルトガル代表入りの可能性”. スポーツナビ (2009年7月19日). 2009年9月4日閲覧。
  10. ^ Eduardo Santos Lourenço (2009年8月28日). “Football Union contest Liedson's naturalisation”. Smashing English. 2009年10月4日閲覧。
  11. ^ FIFA Status (2009 Edition): Regulations governing the application of the statutes Article 17”. 2009年8月24日閲覧。
  12. ^ ポルトガル代表にリエジソン初招集”. スポーツナビ (2009年8月27日). 2009年9月4日閲覧。
  13. ^ 追い詰められたポルトガル、苦戦の原因”. スポーツナビ (2009年9月11日). 2009年10月3日閲覧。
  14. ^ 追い詰められたポルトガル、苦戦の原因”. スポーツナビ (2009年9月11日). 2009年10月3日閲覧。
  15. ^ Liedson pulls Portugal from brink; UEFA.com, 5 September 2009
  16. ^ ポルトガル、デンマークと痛い引き分けで4位に後退”. スポーツナビ (2009年9月6日). 2009年9月10日閲覧。
先代:
ベネディクト・マッカーシー
スーペル・リーガ得点王
2004 - 2005年 (25得点)
次代:
アルベール・メヨン
先代:
アルベール・メヨン
スーペル・リーガ得点王
2006 - 2007年 (15得点)
次代:
リサンドロ・ロペス