患者の権利宣言

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患者の権利宣言(かんじゃのけんりせんげん、: Declaration of Lisbon on the Rights of the Patientリスボン宣言)とは、世界医師会が毎年発行する一連の「宣言」と呼ばれる政策文書のうち、特に患者の権利について主に触れた「患者の権利に関するリスボン宣言」を指す[1]

用語[編集]

一般に他の「宣言」に倣って単に「リスボン宣言」と呼ばれている。「患者の権利章典」やイギリスの「患者の権利憲章」とは異なる別のものである。また世界保健機関(WHO)による1994年の「ヨーロッパにおける患者の権利の促進に関する宣言(A declaration on the promotion of patients' rights in Europe)[2]」とも異なる。

英語圏では、世界保健機関(WHO)によって提唱されている「患者の権利について」[3]を指す方が一般的である。

概要[編集]

日本においては、この「患者の権利に関するリスボン宣言」を単に「患者の権利宣言」と呼ぶ場合があるが、海外においては、患者の権利を謳ったものとしては患者憲章など数あるうちの一つに過ぎず、英語版ウィキペディアのページにもなっていない。特にヨーロッパでは患者の権利の発展と権利保護の意識は高く、WHOEU、国連といった国際機関として、さらには様々な法律が各国から出されている。「患者の権利に関するリスボン宣言」は、それらのうち、 患者主体の権利宣言ではなく、医療者の側の立場でしてはいけないこと、すべきこと、というスタンスの原則、つまり医療倫理の行動規範である。

なお、「リスボン宣言バリ総会改訂版」の採択においては、日本医師会は唯一棄権している[1]

背景と歴史[編集]

現代における患者の権利の歴史は、「ニュルンベルク綱領」から始まるというのが通説[1]で、第2次世界大戦ナチス・ドイツによるユダヤ人に対する虐殺、その元となった医師たち主導による障碍者強制安楽死(T4作戦)、非倫理的な人体実験などが、反社会的な犯罪として裁かれた結果である。

その後、世界医師会が患者の権利などに関し、数多くの宣言を発表する。スイス・ジュネーブで開かれた第2回世界医師会総会で採択された「ジュネーブ宣言」、翌年の「医の倫理の国際綱領」、「(医学・生物学研究に携わる医師に関する)ヘルシンキ宣言」である。第34回世界医師会総会で採択された「リスボン宣言」も2005年にかけて何度か改定されている[1]。1975年には東京でも第29回世界医師会総会で「東京宣言」、「拘留および監禁に関連した拷問およびその他の残酷、非人道的または品位を落とす扱いまたは処罰に関する医師のための指針」として、人への拷問、残虐または非人間的な取り扱いや拘禁などの処罰に対する医師の態度についての倫理ガイドラインを定めた宣言が採択されている。

内容[編集]

以下、「患者の権利に関するリスボン宣言」を世界医師会のサイトの該当部分[4]から翻訳し引用する。

改定履歴: 1981年リスボンにて採択、 1995年バリで追加改定、 2005年サンティアゴで修正、 2015年オスロで再度確認

序文

近年、医師と患者そしてより広い社会との関係は、著しく大きな変化を体験してきた。医師は、自らの良心に従い、常に患者の最善の利益のために行動すべきであると同時に、患者の自主尊重・自己決定権(Autonomy)[注釈 1](これを自律性としている日本の訳は誤りで自己決定権の事である)と正義を保障するためにも、それと同等の努力を払わねばならない。以下に掲げる宣言は、医療職として是認し推進する患者の主要な権利のいくつかを述べたものである。医師および医療従事者、または医療組織は、この権利を認識し、擁護していくうえで共同の責任を負う。法律、政府の措置、あるいは他のいかなる行政や慣例がこれらの患者の権利を否定する場合には、医師はこの権利を保障ないし回復させる適切な手段を講じるべきである。

原則

1.良質な医療を受ける権利

  1. 全ての人間は差別されることなく適切な医療を受ける権利を有する。
  2. すべての患者は、いかなる外部干渉も受けていない臨床上および倫理上の判断を行うだろうと自ら知っている医師によって治療を受ける権利を有する。
  3. 患者は、常にその患者の最善の利益に即した扱いを受ける。患者が受ける治療は、一般的に受け入れられた医学的原則に沿って行われるものとする。
  4. 質の保障は、常に医療のひとつの要素でなければならない。特に医師は、医療の質の擁護者たる責任を担うべきである。
  5. 供給を限られた特定の治療に関して、それを必要とする患者間で選定を行わなければならない場合は、そのような患者はすべて治療を受けるための公平な選択手続きを受ける権利がある。その選択は、医学的基準に基づき、かつ差別なく行われなければならない。
  6. 患者は、医療を継続して受ける権利を有する。医師は、医学的に必要とされる治療を行うにあたり、同じ患者の治療にあたっている他の医療提供者と協力する責務を有する。医師は、現在と異なる治療を行うために患者に対して適切な援助と十分な機会を与えることができないならば、今までの治療が医学的に引き続き必要とされる限り、患者の治療を中断してはならない。

2.選択の自由の権利

  1. 患者は、民間・公的部門を問わず、担当の医師、病院、または保健サービス機関を自由に選択し、また変更する権利を有する。
  2. 患者はいかなる治療段階においても、他の医師の意見を求める権利を有する。

3.自己決定の権利

  1. 患者は自分自身に関わる自由な決定を行うための自己決定権を有する。医師は、患者に対してその決定のもたらす結果を知らせるものとする。
  2. 患者はいかなる治療段階においても、他の医師の意見を求める権利を有する。
  3. 患者は医学研究あるいは医学教育に参加することを拒否する権利を有する。

4.意識を喪失している患者

  1. 患者が意識不明かその他の理由で意思を表明できない場合は、法律上の権限を有する代理人から、どんなときでも可能な限りインフォームド・コンセントを得なければならない。
  2. 法律上の権限を有する代理人がおらず、患者に対する医学的措置が緊急に必要とされる場合は、患者の同意があるものと推定する。ただし、その患者の事前の確固たる意思表示あるいは信念に基づいて、その状況において医学的措置を拒絶するだろうことが明白かつ疑いのない場合を除く。
  3. しかしながら、医師は自殺企図により意識を失っている患者の生命を救うよう常に努力すべきである。

5.制限行為能力者の患者

  1. 患者が未成年者あるいは制限行為能力者の場合、管轄地域によっては、法律上の権限を有する代理人の同意が必要とされる。それでもなお、患者の能力が許す限り最大限、患者は意思決定に関与されなければならない。
  2. 制限行為能力者の患者が合理的な判断をしうる場合、その意思決定は尊重されねばならず、かつ患者は法律上の権限を有する代理人に対する情報の開示を禁止する権利を有する。
  3. 患者の代理人で法律上の権限を有する者、あるいは患者から権限を与えられた者が、医師の立場から見て、患者の最善の利益となる治療を禁止する場合、医師はその決定に対して関係する法的あるいはその他機関に抗議を申し立てるべきである。救急を要する場合、医師は患者の最善の利益に即して行動する。

6.患者の意思に反する処置

  1. 患者の意思に反する診断上の処置あるいは治療は、特別に法律が認めるか医療倫理の諸原則に合致する場合にのみ、例外的な事例としてのみ行うことができる。

7.情報に対する権利

  1. 患者は、いかなる医療上の記録であろうと、そこに記載されている自己についての情報を知る権利を有し、また症状についての医学的事実を含む健康状態に関して十分な説明を受ける権利を有する。しかしながら、患者の記録に含まれる第三者についての機密情報は、その者の同意なくしては患者に与えてはならない。
  2. 例外的に、情報が患者自身の生命あるいは健康に著しい危険をもたらす恐れがあると信ずるべき十分な理由がある場合は、その情報を患者に伝えるのは控えてもよい。
  3. 情報はその患者の文化に適した方法で、かつ患者が理解できる方法で与えられなければならない。
  4. 患者は、他人の生命の保護に必要でいない場合に限り、その明示的な要求に基づき情報を知らされない権利を有する。
  5. 患者は、もしいれば自分に代わって情報を受ける人を選択する権利を有する。

8.秘密保持に対する権利

  1. 患者の健康状態、症状、診断、予後および治療について個人を特定しうるあらゆる情報、ならびにその他個人のすべての情報は、患者の死後も秘密が守られなければならない。ただし例外として、その子孫には、自らの健康上のリスクに関わる情報を得る権利もありうる。
  2. 秘密情報は、患者が明示的な同意を与えるか、あるいは法律に明確に規定されている場合に限り開示することができる。情報は、患者が明らかに同意を与えていない場合は、厳密に「知る必要性」に応じてのみ、他の医療提供者に開示することができる。
  3. 個人を特定しうるあらゆる患者のデータは保護されねばならない。データの保護のために、その保管形態は適切になされなければならない。個人を特定しうるデータが導き出せるようなその人の人体を形成する物質も同様に保護されねばならない。

9.健康教育を受ける権利

  1. すべての人は、自らの健康と利用可能な保健サービスについて、情報を与えられた上での選択が可能となるよう健康教育を受ける権利がある。この教育には、健康的なライフスタイルや、疾病の予防および早期発見についての手法に関する情報が含まれるべきである。すべての人の健康に対する自己責任が強調されるべきである。医師には教育的努力に積極的に関わっていく義務がある。

10.尊厳に対する権利

  1. 患者の尊厳とプライバシーを守る権利は、その文化および価値観と共に、医療ケアと医学教育の場においても常に尊重されるものとする。
  2. 患者は最新の知識に基づいた方法で苦痛を緩和される権利を有する。
  3. 患者は人間的な終末期ケアを受ける権利を有し、尊厳を保ちかつ安楽に死を迎えるためのあらゆる可能な助力を与えられる権利を有する。

11.宗教的支援に対する権利

  1. 患者は、自らの信仰する宗教の聖職者による支援を含め、精神的、道徳的慰問を受ける、または断る権利を有する。


— The World Medical Association - WMA Declaration of Lisbon on the Rights of the Patient[4]

注釈[編集]

  1. ^ Autonomyの訳語について

日本においては、「Autonomy(オートノミー)」の訳語として「自律性」が用いられ「自律性尊重原則」などとなってい場合がある。しかしながら、医療倫理のページ文中の定義でも触れられているように、自律はこの文脈では誤りであり、「自分を律する」または「自律性を育てる」の「自律性」は誤訳である。「Autonomy」が「自己決定権」の訳であるように、そこには強い自分の意思と権力や権利が含まれる。そこで「自分が主人」という意味合いから「自主」を採用した。調べた所、中国語圏では「自主原則」と訳している。詳細は「オートノミー」のページにある通り。原語の由来は「自ら治む"autos" (self=己で) and "nomos (rule=統治・支配)」であり、単語の定義的には「Autonomy is the capacity of a rational individual to make an informed, un-coerced decision; or, in politics, self-government」つまり、「合理的な個人として、よく情報を与えられた上でなおかつ他から影響されない自由な意思決定をすることが可能なキャパシティー(能力を与えられている状態=権利)。政治においては自治」

脚注[編集]

関連項目[編集]