リターンエース

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動: 案内検索
リターンエース
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1988年4月7日
死没 1999年9月25日(12歳没・旧表記)
ビゼンニシキ
キークライネ
生国 日本の旗 日本北海道浦河町
生産 高岸節雄
馬主 岩佐俊策
調教師 飯田明弘栗東
厩務員 荒木栄二
競走成績
生涯成績 49戦12勝
(うち障害競走7戦7勝)
獲得賞金 2億8404万7000円
テンプレートを表示

リターンエース日本競走馬1995年東京障害特別阪神障害ステークス京都大障害に優勝した障害競走の名馬である。

戦績[編集]

中央競馬で競走生活を送る。1990年9月に平地競走でデビューする。おもに短距離戦で自己条件戦を勝ち抜き、重賞でも1992年金鯱賞で2着に入るなどなかなかの活躍を見せるが、生来の気の悪さからもまれ弱いところがあり、少頭数で馬群がばらけやすい障害競走へ転向することになる。

そして1994年10月23日の障害未勝利戦に出走すると、いきなり2着に3.6秒差の大差をつけて勝利する。続く400万、そして阪神京都のオープンも楽勝して4連勝。中でも4戦目の障害オープンでは障害競走としては破格の上がり3ハロン36秒8を叩き出す内容であった。

そして、次走の東京障害特別(春)では、前年の最優秀障害馬ブロードマインドが66キログラムの負担重量を嫌って回避したこともあり、重賞初挑戦、62キログラムのトップハンデながら単勝1番人気に推される。レースでは積極的に逃げを打ち、途中襷コースでバランスを崩し一時ハイビームに先頭を譲るが、最終の第3コーナーからは独走態勢に入り後続に2.4秒差の圧勝。続く阪神障害ステークス(春)でもまったくの一人旅のまま2.3秒差、そして京都大障害(春)では最初の障害で大きく躓き、その後も危ない飛越を繰り返しながらも結果的には1.5秒差。これで障害戦7戦7勝、障害重賞3連勝となる。

陣営は中山の大障害コースを克服するには障害競走で10戦ほどの経験が必要との判断から、秋シーズンは京都、東京のオープンを叩き、10戦目で中山大障害へ挑む計画であったが、放牧先からの帰厩後に脚部を故障。引退に追い込まれた。

その後、東京農工大学馬術部で乗馬になったが、1999年9月25日に野外で走行中に転倒、骨折して予後不良と診断され同日中に安楽死となった。

STARHORSEの初代版、また現在はPROGRESS Returnsに登場していた。

競走成績[編集]

  • 1990年(6戦1勝)
  • 1991年(8戦2勝)
  • 1992年(9戦0勝)
  • 1993年(10戦1勝)
  • 1994年(12戦4勝)
  • 1995年(4戦4勝)
    • 東京障害特別(春)、阪神障害ステークス(春)、京都大障害(春)
    • JRA賞最優秀障害馬

血統表[編集]

リターンエース血統トウルビヨン系 / アウトクロス (血統表の出典)

ビゼンニシキ
1981 栗毛
*ダンディルート
Dandy Lute
1972 鹿毛
Luthier Klairon
Flute Enchantee
Dentrelic Prudent
Relict
ベニバナビゼン
1975 栗毛
*ミンスキー Northern Dancer
Flaming Page
カツハゴロモ *サウンドトラック
*ワイルドライフ

キークライネ
1979 黒鹿毛
*プロント
Prompt
1963 鹿毛
Prince Taj Prince Bio
Malindi
La Carvelle Worden
Barquerolle
フクイン
1962 黒鹿毛
*パールダイヴァー Vatellor
Pearl Cap
カツヤマシルク *プリメロ
第四ステツプシアター F-No.16-g
父系
母系(F-No.)
5代内の近親交配
出典