リミットレスビッド

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リミットレスビッド
Limitless-Bid 20080224tokyo11race paddock.jpg
2008年2月24日 東京競馬場
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1999年6月5日(18歳)
死没 (存命)
抹消日 2010年4月9日
サンデーサイレンス
エリザベスローズ
母の父 ノーザンテースト
生国 日本の旗 日本北海道千歳市
生産 社台ファーム
馬主 (有)社台レースホース
調教師 加用正栗東
競走成績
生涯成績 63戦14勝
獲得賞金 2億9956万9000円(中央競馬
2億6906万円(地方競馬
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リミットレスビッド1999年 - )は日本中央競馬会 (JRA) に登録されていた元競走馬全兄フサイチゼノンアグネスゴールドらがいる。

戦績[編集]

2001年(2歳)、デビュー戦となった芝の新馬戦では、1番人気に支持されるも2着で、続く新馬戦も1番人気に支持されるが2着だった。

2002年(3歳)、6月に初のダートとなった未勝利戦で勝利し3戦目で初勝利を挙げるも、その後の2戦は勝てなかった。

2003年(4歳)、この年から芝のレースに専念し、この年3戦目の筑紫特別(500万下)を制し、続く別府特別(1000万下)も勝利する。その後の1戦は3着となるも、壬生特別(1000万下)を制した。

2004年(5歳)、この年2戦目の仲秋特別(1000万下)を制し、その後の1600万下クラスのレースを好走した後に格上挑戦したアンドロメダステークスでは2番人気に支持され、シーイズトウショウらを相手に勝利し5歳にしてオープン馬となる。重賞初挑戦となったCBC賞では、9番人気ながら3着という好走の結果で、メイショウボーラーアドマイヤマックスらに先着した。

2005年(6歳)、シルクロードステークスでは、2番人気に支持されるも4着、その後2戦したが勝つことはなかった。

2006年(7歳)、久々のダートとなったガーネットステークスでは、6番人気で勝利し7歳で重賞初勝利を挙げ、続く根岸ステークスも勝利し、迎えたフェブラリーステークスでは、前年同じレースを2連勝し同レースを制したメイショウボーラーの再現が期待されたが7番人気で11着という結果に終わった。その後は再び芝のレースを中心に走り、CBC賞で3着になるなどしたが勝利することはなかった。しかしダートの東京盃では、3番人気で勝利し重賞3勝目を挙げ、続くJBCマイルでは3着となった。そして京阪杯で4着となった後の兵庫ゴールドトロフィーを制した。

2007年(8歳)、前年と同じくガーネットステークス、根岸ステークス、フェブラリーステークスを走るが1勝もすることはなかったが、その後の黒船賞を制した。そしてかきつばた記念で3着、さきたま杯で5着、プロキオンステークスで2着となった後の東京盃では、メイショウバトラーなどを下し連覇を達成した。その後第7回JBCスプリントに出走するも、差し届かず4着だった。しかし続く兵庫ゴールドトロフィーでは59.5キロの厳しい斤量を背負いながらも勝利し、同レース連覇を達成した。

2008年(9歳)は、ここ2年出走してきたガーネットステークスに出走せず、根岸ステークスから始動するも、スタートで立ち遅れたこともあり、13着に大敗したが、続くフェブラリーステークスでは5着だった。その後、2006年の京阪杯以来の芝のレースとなる高松宮記念に出走するがスタートで立ち遅れ、11着だった。その後、ダート交流重賞のかきつばた記念に出走し、2着となったのちのさきたま杯で勝利した。その後、プロキオンステークス東京盃JBCスプリントと3戦連続で6着となった。続くカペラステークスでは4着、3連覇を目指していた兵庫ゴールドトロフィーでは前年より0.5キロ軽い59キロで出走するも3着に終わった。

2009年(10歳)、2年連続で根岸ステークスから始動したが、14着と大敗した。その後、2年ぶりの開催となった黒船賞に出走するが、7着に終わった。その後、3年連続で出走したかきつばた記念では3着と好走した。その後、連覇を懸けて挑んださきたま杯では5着だった。続くプロキオンステークスでは中団追走も8着に敗れた。続くサマーチャンピオンではヴァンクルタテヤマから7馬身差離された3着に終わった。その後、4年連続での出走となった東京盃では10着に終わった。続くJBCスプリントでは3着に終わった。そして兵庫ゴールドトロフィーの2着を最後に現役を引退し、韓国種牡馬入りすることになるはずだったが、翌年も現役を続行することになった。

2010年(11歳)、黒船賞から始動したが見せ場なく7着に終わった。続く東京スプリントでは人気通りの7着に敗れた。そして、4月9日付けでJRA競走馬登録を抹消され現役を引退した。引退後は種牡馬となることが発表された。2011年1月に韓国に輸出されている[1]

血統表[編集]

リミットレスビッド血統 (血統表の出典)[§ 1]
父系 ヘイロー系サンデーサイレンス系
[§ 2]

* サンデーサイレンス
Sunday Silence
1986 青鹿毛
父の父
Halo
1969 黒鹿毛
Hail to Reason
1958 黒鹿毛
Turn-to
Nothirdchance
Cosmah
1953 鹿毛
Cosmic Bomb
Almahmoud
父の母
Wishing Well
1975 鹿毛
Understanding
1963 栗毛
Promised Land
Pretty Ways
Mountain Flower
1964 鹿毛
Montparnasse
Edelweiss

エリザベスローズ
1989 栗毛
* ノーザンテースト
Northen Taste
1971 栗毛
Northern Dancer Nearctic
Natalma
Lady Victoria Victoria Park
Lady Angela
母の母
* ノーベンバーローズ
November Rose
1982 黒鹿毛
Caro * フォルティノ
Chambord
Jedina What a Pleasure
Killaloe
母系(F-No.) 16号族(FN:16-a) [§ 3]
5代内の近親交配 Almahmoud 4×5=9.38%、Lady Angela 5×4=9.38% [§ 4]
出典
  1. ^ JBISサーチ リミットレスビット 5代血統表2017年9月12日閲覧。
  2. ^ netkeiba.com リミットレスビット 5代血統表2017年9月12日閲覧。
  3. ^ JBISサーチ リミットレスビット 5代血統表2017年9月12日閲覧。
  4. ^ netkeiba.com リミットレスビット 5代血統表2017年9月12日閲覧。

脚注[編集]

  1. ^ 検索結果|輸出馬検索|JBISサーチ(JBIS-Search)”. JBISサーチ. 2013年1月9日閲覧。