ルイス・モホロ

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ルイス・モホロ
Louis Moholo
Louis Moholo 1.jpg
基本情報
出生名 Louis Tebogo Moholo
別名 Louis Moholo-Moholo
生誕 (1940-03-10) 1940年3月10日(79歳)
出身地  南アフリカ共和国
ケープタウン
ジャンル ジャズ
職業 ミュージシャン
担当楽器 ドラム
共同作業者 デレク・ベイリー
アレキサンダー・ホーキンス
スティーヴ・レイシー
エヴァン・パーカー
エンリコ・ラヴァ
ラズウェル・ラッド
イレーネ・シュヴァイツァー
セシル・テイラー

ルイス・モホロLouis Moholo1940年3月10日 - )は、南アフリカのジャズ・ドラマーである。ザ・ブルー・ノーツ、ブラザーフッド・オブ・ブレスアサガイなど、いくつかの有名バンドのメンバーを務めている。

略歴[編集]

ケープタウンで生まれたモホロは、クリス・マクレガー、ジョニー・ダイアニ、ニッケル・モヤケ、モンゲジ・フェザ、ドゥドゥ・プクワナ[1]とザ・ブルー・ノーツを結成し、1964年にヨーロッパに移住、最終的にロンドンに定住し、ブリティッシュ・ジャズに重要な貢献をした南アフリカの亡命コミュニティの一員となった。彼は1970年代に南アフリカの亡命者とイギリスのフリー・ジャズ・シーンのトップ・ミュージシャンで構成されるビッグバンドであるブラザーフッド・オブ・ブレスのメンバーであり、ヴィヴァ・ラ・ブラック (Viva la Black)とデディケーション・オーケストラの創設者であった。彼が自身の名前で発表した最初のアルバム、Ogun Recordsからの『Spirits Rejoice』は、イギリスと南アフリカの演奏者による組み合わせの典型的な例と考えられている。1970年代初頭、モホロはアフロ・ロック・バンドであるアサガイのメンバーも務めた。

彼は、デレク・ベイリースティーヴ・レイシーエヴァン・パーカーエンリコ・ラヴァ、ラズウェル・ラッド、イレーネ・シュヴァイツァーセシル・テイラー、ジョン・チカイ、アーチー・シェップペーター・ブロッツマン、マイク・オズボーン、キース・ティペットエルトン・ディーンハリー・ミラーなど多くのミュージシャンと共演した。

2005年9月に、モホロは南アフリカに戻り、ヨハネスブルグで開催されたエレクトロニック・ミュージックのUNYAZIフェスティバルにて、ジョージ・ルイスと共演した。彼はその名前が民族的に本物だからということで、今ではルイス・モホロ・モホロという名前で活動している。2017年3月、南アフリカのプロモーター、スローライフは、ケープタウンのカーク・ベイにあるオリンピア・ベーカリーで、ルイスがマーク・フランズマン、レザ・コータ、キーナン・アーレンズ、ブライドン・ボルトンと共演した公演をプロデュースした。

ディスコグラフィ[編集]

リーダー・アルバム[編集]

  • Exile (1991年、Ogun 003) ※Louis Moholo's Viva-la-Black名義
  • Freedom tour: Live In South Afrika 1993 (1994年、Ogun 006) ※Louis Moholo's Viva-la-Black名義
  • Mpumi (2002年、Ogun 014) ※with キース・ティペット、Mervyn Africa、Pule Pheto
  • Bra-Louis-Bra Tebs/Spirits Rejoice (2006年、Ogun 017/018) ※Louis Moholo's Bra Louis-Bra-Tebs & Octet名義
  • Sibanye (We Are One) (2008年、Intakt 145) ※with Marilyn Crispell
  • An Open Letter to My Wife Mpumi (2009年、Ogun 031) ※Louis Moholo-Moholo Unit名義

参加アルバム[編集]

  • Chris McGregor Septet : Up to Earth (1969年、Fledg'ling 3069)

脚注[編集]

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  • Philippe Carles, André Clergeat, and Jean-Louis Comolli, Dictionnaire du Jazz, Paris, 1994.