ルイベ

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サケ類のルイベ(調理例)
さけ)のルイベの醤油(※全体の3/5を占める右側の白飯の上を覆っている朱い食材)を主食材とした市販の海鮮弁当。商品としては「鮭のルイベ漬盛り海鮮弁当」を謳う。新千歳空港にて販売。
にしん)のルイベ。道の駅おびら鰊番屋の食堂メニュー[1][2]。2010年代。

ルイベは、日本語で、サケ類コマイなどを冷凍保存したものをいう[3][4][注 1]。また、それを凍ったまま薄切りにした刺身をいう[3][4][5]北海道郷土料理[6]。あくまでサケ類が主要な原材料であるが[6]、コマイを始め[3][4][5][6]、のちにはタラ[6]ホタテガイなど[6]でも作られるようになった。

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日本語「ルイベ」の語源については、アイヌ語起源説[注 2][注 3][注 4]が定説もしくは有力説と言えるが、ごく一部にはロシア語起源説を唱える研究家もいる[10][11]

辞事典(※2020年代時点)に記載されているルイベの主原料は、サケ類、コマイ、タラ、ホタテガイの4種類のみであるが[3][4][5][6]、一般には、イカ(烏賊)の沖漬けはしばしば凍らせた状態で食べられることから、これも「ルイベ」と呼ばれることがある[注 5]

歴史等[編集]

蝦夷および北海道近代以前の北海道と以後の北海道)では、晩秋から初冬にかけての寒い時期に獲れたサケ(鮭)やシシャモを軒下に吊るすか、雪の中に埋めて冷凍保存していた[12][13]。 冷凍することで、保存性が高まると同時に広節裂頭条虫サナダムシ)やアニサキスなどの寄生虫が死滅する[14]。さらに、冷凍する過程で水分が適度に抜けるが、同時に脂も適度に落ちるので、サケの多すぎる脂と生臭さを低減することができ、その分だけサケの程よい脂と好い匂いを旨さや風味として強く感じることができるという。サケ以外にもコマイなど様々な魚がルイベに加工された[注 6]。外気で保存されたルイベは凍結と乾燥を繰り返した干物のような状態の食品であった。

その後、食材とされる魚の種類は増え、時期の特定は難しいが、サケ類(サケやマスなど)を使ったルイベが、北海道の郷土料理とされるようになった。サケと同じサケ類でもニジマスヒメマスはのちに利用され始めた[注 7]。加えて、タラホタテガイでも[6]作られるようになった[注 8]。また、国指定重要文化財旧花田家番屋」(現存する鰊番屋/鰊御殿の一つ)が敷地内にある道の駅おびら鰊番屋は、ニシンのルイベを主食材とした「鰊ルイベ定食」を食堂で販売している[1][2](※少なくとも2010年代半ば以降[2]。■右側の画像も参照)。

作る[編集]

市販されているルイベの製造に用いられるのは −20以下の冷凍が可能な業務用冷凍庫である[14]一方、一般の家庭用冷凍庫の温度はJIS規格において-18℃以下と定められており、寄生虫の死滅に至るまで業務用冷蔵庫を用いる場合より長時間の冷凍を要する。

食べる[編集]

ルイベが家庭で自製されていた時代の食べ方は、地域や家庭によって差があるようで、食べる分だけ凍ったままで小刀などで適当に切り分け、皮を軽く炙り、熱で融けた外側がトロリとしたところを食べたり、塩を少量つけて食べたりしていた[12]。また、火には炙らず、薄く切って食べるという人もいたという[12]。また、ルイベは酒のつまみにはせず、しらふの時に食べるものだったという[15]。探検家の松浦武四郎は幕末期に石狩川上流のコタンで住民からルイベを振舞われた折、切り分け用の小刀や味付け用の塩と共に、ヤナギの枝を差し出されている。「凍ったまま生で食べるのが苦手な場合は、串に刺して炙って食べるように」との配慮だったという。

現在では冷凍した素材を解凍しないまま刺身のように薄く切り、わさび醤油などで食べる[16][14]。風味のほか、シャリシャリした独特の凍った食感も味わえる[14]

類似の食文化[編集]

ストロガニーナ英語版ヤクートナイフ英語版で削り取る。

凍らせた生魚を食べる習慣は、極東アムール川(黒竜江)流域を古来の居住地する複数の先住民と、彼らの食文化から影響を受けた民族にも存在する。

シベリア北東部の一角(現在行政区画上は中国黒竜江省内およびロシア連邦サハ共和国内)のアムール川(黒竜江)流域を古来の居住地とするツングース系先住民ナナイ(自称:キルン、中国語名:赫哲;ホジェン)には、凍らせた生のコイ(鯉)など川魚を薄切りにして食べる習慣があり、この食材および料理を「タラ」という[17]ユカギール人の間では凍った魚を薄く削った料理は「チャーカ」の名で[18]ニブフの間では「クンチョ」と呼ばれ、素材はチョウザメが一般的である[19]カムチャッカ半島北部に住むアリュートル人は冬季に釣ったワークン(コマイ)を冷凍保存し、凍ったまま削って食べる[20]

また、ナナイより西方の地域を古来の居住地とするテュルク系(トルコ系)の先住民ヤクート(自称:サハ)にも、凍らせた生の白身魚を薄切りにして食べる伝統料理がある。ヤクート語では「クサル・バルク」(削る魚)と呼ばれるが[21]、現在では[17]、「shavings、削り屑」[22]を意味するロシア語に由来する[23]ロシア語名 "строганинаラテン翻字stroganina日本語音写:ストロガニーナ)" として知られている[17]ヤクートの伝統的なストロガニーナの材料としては、魚のほか、牛肉馬肉、魚や肉類の生食に抵抗がある場合には生ハムが用いられることが特徴であり、ナイフで薄く削った凍った肉を塩・胡椒香味野菜で調味して食する[要出典]。酒のとして供される[17]

ロシア料理としては「ザクースカ」と呼ばれるオードブルに用いられる[要出典]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ ここで示した辞事典はいずれも「サケ類」ではなく「サケ/鮭」としているものの、分類学的には、「サケ(別名:シロザケ、学名Oncorhynchus keta )」があり、サケが属する「サケ属(学名:genus Oncorhynchus)」があり、サケ属が属する「サケ類(サケ科 Salmonidae人為分類的名称であり、サケ属を指すことも、サケを指すこともある)」があるため、正確な表現ではない。分類学を背負ってルイベに使われるサケを定義するならば、「サケ(シロザケ)を主としたサケ類のいくつかの」という表現になる。
  2. ^ アイヌ語の "ru-ipe(ルイペ/ルイベ)"[ ain: ru-ipe(融ける魚 < 融ける食べ物)< ru(融ける)+ ipe(魚 < 食べ物)]に由来[7]
  3. ^ 知里 2000, p. 61 より引用。
    「イペ」(ipe)は本来は「食べ物」を意味していましたが、後に「魚」の意味になっているのです。同様な言葉に「チェプ」(chep)があります。これも「魚」を意味することばですが、本来は chi-e-p 、〔我らが・食う・物〕のことで、「食べ物」を意味する言葉です。それが魚を意味する言葉にもなっています。
  4. ^ 探検家松浦武四郎安政5年(1858年)に石狩川上流から十勝川流域を調査した際の、石狩川上流のコタンでルイベを振舞われた時の体験記。『十勝日誌』(万延元年/1860年の序跋あり)所収。
    原文》 ※書体は旧字体から新字体へ修正済み。約物は現代の補足。[ ]角括弧内は執筆者自身による語意の補説。〈 〉山括弧内はウィキペディア編集者による補説。
    三月朔日和暖雪大融す。上川村々の人家を廻る。所々にてルイベと云て鮭の生を雪に漬置しを切てルサ[茅盆〈草の茎を編んだ盆〉]に盛りマキリ[小刀]と柳の枝一本に塩を一撮添て出す。[8]

    『蝦夷風俗彙纂』(1882年/明治15年刊)に所収の一項「ルイベの事」における、松浦武四郎の体験記の引用。
    《原文》 ※書体は旧字体から新字体へ修正済み。約物は現代語的修正済み。[ ]角括弧内も引用者によるℍ原文の写し。〈 〉山括弧内はウィキペディア編集者による補説。
    十勝上川村々の人家を廻る。所々にてルイベと云て、鮭の生残雪に漬置しを切てルサ[茅盆〈草の茎を編んだ盆〉]に盛る。マキリ[小刀]と柳の枝一本に塩を一撮添て出す。[9]
  5. ^ キーワード検索[ イカの沖漬け ルイベ ][ イカ ルイベ ][ いかわた ルイベ ][ いか肝 ルイベ ]
  6. ^ キーワード検索[ コマイ ルイベ ]
  7. ^ キーワード検索[ ニジマス ルイベ ][ ヒメマス ルイベ ]
  8. ^ キーワード検索[ タラ ルイベ ][ ホタテ ルイベ ]

出典[編集]

  1. ^ a b 石田修大、日本経済新聞社クロスメディア営業局. “第42回 旧花田家番屋”. 日本の近代遺産50選(公式ウェブサイト). 日本経済新聞社. 2020年4月14日閲覧。 “「道の駅おびら鰊番屋」では鰊ルイベ定食、ウニ玉丼、ニシンそばなどが食べられる。”
  2. ^ a b c 画像と日付を典拠とする。道の駅 おびら鰊番屋 - 日本一周第26日目 小樽~札幌~稚内”. majishini(個人ブログ) (2015年6月25日). 2020年4月14日閲覧。 “さて、鰊番屋ということなので「ニシンのルイベ定食」を昼食としていただく。”
  3. ^ a b c d 小学館『デジタル大辞泉』. “ルイベ”. コトバンク. 2020年4月14日閲覧。
  4. ^ a b c d 三省堂大辞林』第3版. “ルイベ”. コトバンク. 2020年4月14日閲覧。
  5. ^ a b c 小学館『精選版 日本国語大辞典』. “ルイベ”. コトバンク. 2020年4月14日閲覧。
  6. ^ a b c d e f g 講談社『和・洋・中・エスニック 世界の料理がわかる辞典』『日本の郷土料理がわかる辞典』. “ルイベ”. コトバンク. 2020年4月14日閲覧。
  7. ^ 更科源蔵・更科光 1976, pp. 447-448.
  8. ^ 松浦武四郎 (1860年). “十勝日誌”. 国立国会図書館デジタルコレクション(公式ウェブサイト). 国立国会図書館. 2020年4月14日閲覧。
  9. ^ 蝦夷風俗彙纂. 前編 巻8”. 国立国会図書館デジタルコレクション(公式ウェブサイト). 国立国会図書館. 2020年4月14日閲覧。
  10. ^ http://roshia.space/vocabulary.html [出典無効][リンク切れ]
  11. ^ 愛知県教育委員会 生涯学習課 (2004年〈平成16年〉11月20日付). “ロシア語-実存する「われわれ」-(講師:加藤史朗)< 平成16年11月20日 愛知県立大学公開講座「ことばの万国博覧会ヨーロッパ館 ロシア語」要約”. 学びネットあいち(公式ウェブサイト). 愛知県. 2020年4月14日閲覧。 “(日本語の中のロシア語)(...略...)ルイバ рыба(ルイベの由来)(...略...)それから北海道の珍味「ルイベ」があります。ルイベは凍った魚を切ったもので、これを広辞苑で調べるとアイヌ語となっているのですが、実は古いスラブの言葉です。”※加藤史朗(cf. KAKEN日本の研究.com。ロシア社会思想専門。当時は愛知県立大学外国語学部教授、現・名誉教授)の講義。
  12. ^ a b c ルイベ -『ポンカンピソ』平成10年3月号 (PDF)”. 公式ウェブサイト. 北海道立アイヌ民族文化研究センター (HACRC). pp. 12頁 (9/36) (1998年3月). 2020年4月14日閲覧。
  13. ^ 西川北洋. “明治初期アイヌ風俗図巻「シシャモ ルイベ造り」”. 函館中央図書館デジタル資料室(公式ウェブサイト). 函館市立中央図書館. 2020年5月16日閲覧。
  14. ^ a b c d 郷土料理「ルイベ」と寄生虫”. 公式ウェブサイト. 株式会社 東邦微生物病研究所(総合衛生研究所 ティ・ビー・エル). 2020年4月14日閲覧。
  15. ^ 農文協 1992, pp. 47-48.
  16. ^ サケ 北海道の食文化・サケ (PDF)”. 公式ウェブサイト. 国土交通省 北海道開発局 (HRDB). 2019年10月5日閲覧。
  17. ^ a b c d 中村正人(文) (2019年4月15日). “極東ロシアの先住民族ナナイの郷土料理はウオッカが合う”. NIKKEI STYLE. 日本経済新聞社日経BP. 2020年4月14日閲覧。
  18. ^ 永山・長崎 2016, pp. 18.
  19. ^ 永山・長崎 2016, pp. 24.
  20. ^ 永山・長崎 2016, pp. 49.
  21. ^ 永山・長崎 2016, pp. 38.
  22. ^ shavings”. 英辞郎 on the WEB. アルク. 2020年4月14日閲覧。
  23. ^ Rasputin et al. 1997, pp. 322–323.

参考文献[編集]

  • 更科源蔵、更科光『コタン生物記〈2〉野獣・海獣・魚族篇』法政大学出版局、1976年。ASIN B000J9WHHQ
    • 更科源蔵、更科光『コタン生物記〈2〉野獣・海獣・魚族篇』法政大学出版局〈教養選書 78〉、1992年7月、新装版。ISBN 4-588-05078-8、ISBN 978-4-588-05078-7。
  • 知里真志保『和人は舟を喰う』北海道出版企画センター、2000年6月9日。OCLC 675185881ISBN 4-8328-0004-3、ISBN 978-4-8328-0004-5。
  • 永山ゆかり、長崎郁『シベリア先住民の食卓』東洋大学出版部、2016年3月20日。ISBN 4486020898、ISBN 978-4486020899。
  • 萩中美枝、畑井朝子、古原敏弘、藤村久和『日本の食生活シリーズ48 聞き書 アイヌの食事』農文協、1992年11月20日。ISBN 9784540920042。
  • Rasputin, Valentin; Winchell, Margaret; Mikkelson, Gerald (28 October 1997) (英語). Siberia, Siberia. Evanston, Illinois: Northwestern University Press. OCLC 39441203  ISBN 0-8101-1575-1, ISBN 978-0-8101-1575-0.

関連項目[編集]