ルキウス2世 (ローマ教皇)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動: 案内検索
ルキウス2世
第166代 ローマ教皇
B Lucius II.jpg
教皇就任 1144年3月12日
教皇離任 1145年2月15日
先代 ケレスティヌス2世
次代 エウゲニウス3世
個人情報
本名 ゲラルド・カッチャネミチ(ゲラルド・カッシアニミチとも)
死去 1145年2月15日
原国籍 イタリア

ルキウス2世(? - 1145年2月15日)は、第166代ローマ教皇(在位:1144年3月12日 - 1145年2月15日)。

生涯[編集]

イタリアのボローニャ出身。最初はルッカで教会法学者として活躍した。1124年枢機卿に叙任され、インノケンティウス2世のもとで侍従司書に叙任された。1144年3月に先代のケレスティヌス2世が死去したため、跡を継いだ。

ところが、ローマでコミューン(ローマで勢力を拡大していた政治集団)と対立し、神聖ローマ皇帝コンラート3世シチリア王国オートヴィル朝ルッジェーロ2世に支援を要請するも失敗。結局、自らの軍隊でコミューンの拠点だったカピトリウム襲撃を指揮したが、このとき重傷を負って間もなく死去した。

自ら軍を指揮したことから「軍人教皇」といわれている。

参考文献[編集]