ルチア・モホリ

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ルチア・モホリLucia Moholy, 1894年1月18日 プラハ - 1989年5月17日 チューリヒ)は写真家。旧姓シュルツ(Schulz)。恩師モホリ=ナジ・ラースローと結婚し、バウハウス出身の女性写真家の中でもとりわけ有名になった。

生涯[編集]

哲学フィロロジー、芸術史をプラハで学んだ後、編集者や講師として働く。1924年ベルリン画家・写真家のモホリ=ナジと結婚、ともに1923年から1928年までヴァイマルバウハウスや、デッサウで活躍する。

1923年から1924年に光画実技の学習を終え、ライプツィヒで写真撮影の指導者となる。1928年に夫のモホリ=ナジとベルリンに行き、イッテン専門学校で舞台写真家および写真教師として勤務。

1933年ナチスの権力簒奪に伴い、パリを経てロンドンに逃れ、イギリスで写真家および写真教師として活動、1940年より、特に国際連盟のために学術文書に関して働いた。

1959年スイスツォリコン(Zollikon)に定住した。