レオポルト・コーラー

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レオポルト(あるいはレオポルド・コーラー(Leopold Kolar, 1919年7月23日 - 2003年)は、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団チューバ奏者。ウィーン国立音楽大学チューバ教授。

経歴[編集]

オーストリアウィーナー・ノイシュタットで生まれる。1937年よりヴァイオリンヴィオラウィーン音楽アカデミー(現ウィーン国立音楽大学)でJ.モラウェッツ教授(ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団ソロ・ヴィオラ奏者)に師事。1940年より同アカデミーでチューバをF.クナプケ教授(ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団チューバ奏者、1928年ウィンナ・チューバと同じ6ロータリーのFコントラバス・トロンボーンを開発)より学ぶ。当時、ウィーナー・ノイシュタット・オーケストラのコンサートマスターを務めた。1945年にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン国立歌劇場のチューバ及びヴァイオリン奏者として入団。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団では代々のチューバ奏者はベルリンより招聘しており、オーストリア人として初めてのチューバ奏者であった。1949年まではヴァイオリン奏者としても活動。ムジークフェライン大ホールやウィーン国立歌劇場の舞台を中心に、優れたチューバ演奏でウィーンの響きに貢献した。

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を1971年退団。1948年から1986年までウィーン国立音楽大学のチューバ教授も務めた。

歴史的な来日公演に参加[編集]

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の最初期の日本公演に2回帯同。1959年の来日ではカラヤン指揮のブルックナー交響曲第8番などの演奏を残した(同曲の日本初演)。

ウィーン・フィルの名盤収録で活躍[編集]

録音においては、クナッパーツブッシュブルックナー交響曲第5番ワーグナーワルキューレ』第1幕、シューリヒトのブルックナー交響曲第8番や第9番ショルティのワーグナー『ニーベルングの指環』やブルックナー交響曲第8番等のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の歴史的な名盤収録に参加している。

ウィーン国立音楽大学で後進を育成[編集]

1948年から1986年までウィーン国立音楽大学のチューバ教授として、Fウィンナ・チューバとBB♭チューバを指導し、ヨーゼフ・フンメル(Josef Hummel, ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団チューバ奏者)、ゲルハルト・ゼックマイスター(Gerhard Zechmeister [1](新しいFウィンナ・チューバ[2]及びFコントラバス・トロンボーンを開発)など幾多の逸材を育てた。

スタイル[編集]

ウィンナ・チューバを中心に使用しながら、一貫してヨーロッパの透明でダイレクトなチューバの響きを追究し、アメリカの奏者に多いダークな響きのチューバ演奏とは一線を画していた。独自のエチュードとともに、ワーグナーの『ニーベルングの指環』の直筆チューバ譜を完成。ブルックナーの交響曲、宗教曲の直筆チューバ譜も残した。