レオン・ダーラム

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レオン・ダーラム
Leon Durham
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 オハイオ州シンシナティ
生年月日 (1957-07-31) 1957年7月31日(60歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
210 lb =約95.3 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 一塁手外野手
プロ入り 1976年 MLBドラフト1巡目
初出場 1980年5月27日
最終出場 1989年9月17日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴

レオン・ダーラムLeon Durham, 1957年7月31日 - )は、アメリカ合衆国オハイオ州シンシナティ出身の元プロ野球選手一塁手外野手)、野球指導者。左投左打。2018年シーズンよりMLBシンシナティ・レッズ傘下のAAA級ルイビル・バッツで打撃コーチを務める。

愛称は「Bullブル)」。

経歴[編集]

現役時代[編集]

1976年MLBドラフト1巡目(全体15位)でセントルイス・カージナルスから指名され、プロ入り。1980年5月17日ニューヨーク・メッツ戦でメジャーデビュー[1]

1980年オフにブルース・スーターとのトレードで、シカゴ・カブスへ移籍した。移籍2年目の1982年には打率.312(ナショナルリーグ3位)・22本塁打・90打点・28盗塁・長打率.521(同3位)でオールスターにも初選出された。1984年は23本塁打・96打点の成績を残してチームの地区優勝に貢献した。リーグチャンピオンシップ(対サンディエゴ・パドレス)でも2本塁打を放ったが、最終第5戦でタイムリーエラーを犯し、逆転負けの戦犯となってしまった[2]

1987年には自己最多の27本塁打を放つが、その後は麻薬禍でメジャーを追われ、独立リーグセントポール・セインツなどでプレーした[3]

引退後[編集]

引退後は2001年から2016年まではデトロイト・タイガース傘下のAAA級トレド・マッドヘンズで16年間打撃コーチを務めた[4]2017年にはタイガースで打撃コーチ補佐を務めたが、1年で退任した[5]

2018年シーズンからはシンシナティ・レッズ傘下のAAA級ルイビル・バッツで打撃コーチを務める[6]

詳細情報[編集]

表彰[編集]

記録[編集]

背番号[編集]

  • 10(1980年 - 1988年)
  • 16(1989年)
  • 59(2017年)

脚注[編集]

  1. ^ New York Mets at St. Louis Cardinals Box Score, May 27, 1980” (英語). Baseball-Reference.com. 2018年5月9日閲覧。
  2. ^ 1984 NLCS Gm5: Durham's error opens the doorYouTube
  3. ^ 出野哲也 『改訂新版 メジャー・リーグ人名事典』 言視舎、2013年、314頁。ISBN 978-4-905369-67-7。
  4. ^ Jason Beck (2016年10月21日). “Tigers hire McClendon as hitting coach” (英語). MLB.com. https://www.mlb.com/tigers/news/tigers-hire-lloyd-mcclendon-as-hitting-coach/c-206815094 2018年5月9日閲覧。 
  5. ^ Ashley MacLennan (2017年11月2日). “The 2018 Tigers coaching staff officially revealed” (英語). SB Nation. 2018年5月9日閲覧。
  6. ^ Doug Gray (2018年1月16日). “Louisville Bats name their 2018 Coaching Staff” (英語). Reds Minor Leagues.com. 2018年5月9日閲覧。

関連項目[編集]