レジェンドテイオー

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レジェンドテイオー
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1983年4月2日
ノーザンテースト
ロイヤルハイブ
母の父 ロイヤルパレス
生国 日本の旗 日本北海道門別町
生産 出口牧場
馬主 (有)貞文
調教師 田村駿仁(美浦南
競走成績
生涯成績 22戦5勝
獲得賞金 1億8394万3600円
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レジェンドテイオー(英名表記:Legend Teio)は日本競走馬種牡馬。1980年代後期に中央競馬で活躍した、当時としてはあまりいない500キログラムを超す巨漢馬であった。逃げ戦法を得意としており、主戦騎手古馬になってからは郷原洋行に定着し、重複した場合は蛯沢誠治が騎乗していた。

戦績[編集]

馬齢は旧表記で統一する。

1983年生まれ。生産者の出口牧場は後にGI6勝を挙げたゴールドシップを出すことでも知られる。

4歳の1月にデビューし、2戦目で初勝利を挙げた。3戦目の中距離特別(400万円以下)を勝利すると次戦は日本ダービーに参戦、23頭立ての7番人気と穴人気を集めるが14着に敗退した。

夏の福島競馬場で自己条件戦を勝ち、続くセントライト記念ではダービー馬・ダイナガリバー以下に勝利した。菊花賞でも3番人気に推されたが17着と惨敗した。このレース以降、引退までに出走したレースはすべてGI、GIIの重賞であった。

古馬となってからの勝利は6歳時のアルゼンチン共和国杯の1勝のみで、GIでは5歳時の天皇賞・秋ニッポーテイオーの2着に入った(「テイオー丼」と呼ばれた)のが最高だった。当時活躍した競走馬たちの中にあっては常に「逃げ役」となり、名脇役と呼ばれた。

6歳時の毎日王冠では発走前にシリウスシンボリに蹴られるハプニングが起こり、発走除外の憂き目にあった。

1989年、7歳時の天皇賞・秋をもって引退、種牡馬となった。

引退後[編集]

1990年から北海道・静内町レックススタッドで種牡馬となった。散発的に地方競馬の重賞を勝つ産駒が出た程度で、種牡馬として実績は残せず、1999年用途変更となった。

血統表[編集]

レジェンドテイオー血統 (血統表の出典)[§ 1]
父系 ノーザンダンサー系

*ノーザンテースト
Northern Taste 1971
栗毛 カナダ
父の父
Northern Dancer 1961
鹿毛
Nearctic Nearco
Lady Angela
Natalma Native Dancer
Almahmoud
父の母
Lady Victoria 1962
黒鹿毛 カナダ
Victoria Park Chop Chop
Victoriana
Lady Angela Hyperion
Sister Sarah

*ロイヤルハイブ
Royal Hive 1974
鹿毛 イギリス
Royal Palece 1964
鹿毛
Ballymoss Mossborough
Indian Call
Crystal Palace Solar Slipper
Quenn of Light
母の母
Come On Honey 1960
栗毛
Never Say Die Nasrullah
Singing Grass
Hollylight Honeyway
Crepuscule
母系(F-No.) F16-d
5代内の近親交配 Lady Angela 4×3=18.75%〈父内〉、Nearco 4×5×5=12.50%
出典
  1. ^ JBISサーチ - 5代血統表[1]

脚注[編集]

  1. ^ JBISサーチ - 5代血統表”. JBISサーチ. 2017年11月11日閲覧。