レッツゴーターキン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
レッツゴーターキン
欧字表記 Let's Go Tarquin[1]
品種 サラブレッド[1]
性別 [1]
毛色 鹿毛[1]
生誕 1987年4月26日
死没 2011年1月30日(24歳没)
ターゴワイス[1]
ダイナターキン[1]
母の父 ノーザンテースト[1]
生国 日本の旗 日本(北海道早来町)[1]
生産 社台ファーム早来[1]
馬主 (株)日本ダイナースクラブ[1][2]
調教師 橋口弘次郎栗東[1]
厩務員 山本国雄
競走成績
生涯成績 33戦7勝[1]
獲得賞金 3億7295万円[1]
 
勝ち鞍
GI 天皇賞(秋) 1992年
GIII 小倉大賞典 1991年
GIII 中京記念 1991年
テンプレートを表示

レッツゴーターキン[1]日本競走馬および種牡馬1992年単勝11番人気ながら天皇賞(秋)を勝った[3]。祖母は優駿牝馬の勝ち馬であるシャダイターキン[2]主戦騎手は最初は小島貞博、途中から大崎昭一

生涯[編集]

1987年4月26日社台ファーム早来に生まれる。カラスの鳴き声を聞いただけで暴れまわる極度に憶病な性格の持ち主で、調教では前のめりになったり反り返るなどして騎乗する者を手こずらせた[4]栗東トレーニングセンター橋口弘次郎厩舎に入厩してからも、騎乗する者が鞭を持ち替えただけで驚く素振りを見せて放馬するなどした[5]

1989年12月に競走馬としてデビュー。未勝利を脱出するのに4戦を要したが距離を伸ばす毎に好走していき、やがて500万下条件を抜け出すと初重賞挑戦となった中日スポーツ賞4歳ステークスでは単勝11番人気ながら2着に入り、波乱を演出する。その後は嵐山ステークスを始め好走する競走もあったが勝ち切れない競走が続く。

古馬になると初戦の小倉大賞典で重賞初勝利を挙げ続く中京記念も制し重賞を連勝する。しかしその後は不振に陥り7戦連続惨敗を喫してしまう。

騎手を大崎昭一に変え、心機一転した谷川岳ステークスでは単勝7番人気で制し実に13か月ぶりに勝利する。この後は引退まで大崎が手綱を握ることになる。新潟大賞典では惨敗してしまうもののテレビ愛知賞では2着、1戦はさんだ後の北九州記念小倉記念と連続で2着し、勝てないものの確実に復活の兆しを見せていた。続く福島民報杯でその年2勝目を挙げると陣営は天皇賞(秋)の参戦を決意する[† 1]

迎えた天皇賞(秋)では前走を勝利したとはいえトウカイテイオーナイスネイチャなどの一線級に比べると明らかに評価が劣っており、単勝11番人気に甘んじていた[6]。が、いざレースがはじまるとダイタクヘリオスメジロパーマーが作り出すハイペースの中、後方で待機をする[6]。直線に向くとメジロパーマー、ダイタクヘリオスをトウカイテイオーが交わして先頭に立つが、そのトウカイテイオーも中団で脚を溜めていたナイスネイチャに差され、さらにまとめてその外からレッツゴーターキン、ムービースターヤマニングローバルが揃って差し込み、最後はムービースターを1馬身半抑えて優勝[6]。この勝利は橋口調教師のG1初勝利であり[7]、大崎にとっては最後のG1勝利であった。単勝11番人気のレッツゴーターキンと単勝5番人気のムービースターという組み合わせで馬連は実に1万7220円の大波乱、東京競馬場は騒然としていた[3]

G1勝ち馬となったレッツゴーターキンはその後ジャパンカップ有馬記念と出走するがともに8着、4着と敗戦。翌1993年阪神大賞典に出走するも、5着に終わる。レース中に故障していたことが判明し[7]、目標の天皇賞・春を前に現役を引退、種牡馬入りした。

競走成績[編集]

以下の内容は、netkeiba.com[8]、JBISサーチ[9]に基づく。

年月日 競馬場 競走名 距離(馬場)


オッズ(人気) 着順 タイム
(上り3F/4F
着差 騎手 斤量
(kg)
勝ち馬/(2着馬)
1989.12.10 阪神 3歳新馬 芝1400m(良) 14 6 9 13.8(6人) 13着 1:27.6 (49.6) -3.3 小島貞博 54 セトホウザン
0000.12.23 阪神 3歳新馬 芝1400m(良) 16 4 8 22.5(9人) 6着 1:25.8 (49.5) -1.1 小島貞博 54 メインステイ
1990.01.13 京都 4歳未勝利 ダ1800m(良) 12 3 3 11.0(5人) 8着 1:57.6 (53.0) -2.5 小島貞博 55 ヤマニンマックス
0000.04.01 阪神 4歳未勝利 芝1600m(重) 18 2 4 39.2(12人) 1着 1:39.6 (50.5) -0.2 小島貞博 55 (ラッキーデイ)
0000.04.15 中山 山吹賞 500 芝2200m(良) 10 5 5 13.9(7人) 3着 2:17.8 (36.6) -0.8 河内洋 55 ヤマショウプリンス
0000.04.29 京都 4歳500万下 芝2400m(稍) 10 8 10 02.9(2人) 2着 2:32.5 (48.4) -0.0 河内洋 55 オギサンフォード
0000.05.20 阪神 4歳500万下 芝2200m(良) 11 7 8 02.8(1人) 4着 2:19.1 (53.0) -0.6 小島貞博 55 ブルーメモリ
0000.06.10 阪神 4歳500万下 芝2000m(稍) 12 8 12 04.2(2人) 1着 2:04.6 (49.2) -0.1 小島貞博 55 (ワンダーレッスル)
0000.07.01 中京 中日スポーツ賞4歳S GIII 芝1800m(不) 12 2 2 54.7(11人) 2着 1:48.5 (36.7) -0.0 小島貞博 54 ロングアーチ
0000.09.23 中京 神戸新聞杯 GII 芝2000m(良) 12 1 1 06.8(4人) 4着 2:00.5 (35.6) -0.2 小島貞博 56 センターショウカツ
0000.10.13 京都 嵐山S 1500 芝3000m(稍) 9 8 8 03.5(2人) 4着 3:06.8 (48.5) -0.4 小島貞博 55 ミスターアダムス
0000.11.04 京都 菊花賞 GI 芝3000m(良) 17 4 8 30.2(9人) 11着 3:08.2 (49.0) -2.0 角田晃一 57 メジロマックイーン
0000.12.16 京都 オリオンS 1500 芝2400m(良) 14 6 9 06.4(3人) 3着 2:25.7 (48.3) -0.1 小島貞博 55 マッハシチー
1991.01.12 京都 万葉S 1500 芝3000m(良) 13 6 10 出走取消 小島貞博 56 メイショウビトリア
0000.02.17 小倉 小倉大賞典 GIII 芝1800m(良) 16 8 15 06.9(3人) 1着 1:49.6 (36.5) -0.0 小島貞博 53 (メインキャスター)
0000.03.17 小倉 中京記念 GIII 芝2000m(稍) 16 2 4 05.3(3人) 1着 2:01.6 (36.8) -0.1 小島貞博 55 ラッキーゲラン
0000.04.14 京都 陽春S OP 芝1600m(稍) 13 5 7 02.6(1人) 6着 1:34.8 (47.6) -0.3 小島貞博 57 ワイドバトル
0000.05.12 新潟 新潟大賞典 GIII 芝2200m(良) 9 2 2 03.8(2人) 9着 2:16.0 (48.6) -1.7 小島貞博 57.5 トウショウバルカン
0000.12.07 阪神 阪神競馬場新装記念 OP 芝1600m(良) 16 1 1 18.4(5人) 12着 1:37.8 (50.6) -1.7 小島貞博 58 ダイユウサク
1992.01.05 京都 金杯(西) GIII 芝2000m(良) 16 2 4 21.9(10人) 12着 2:03.4 (46.5) -1.2 小島貞博 57 ホワイトアロー
0000.01.26 京都 日経新春杯 GII 芝2200m(良) 12 7 10 47.7(11人) 12着 2:17.1 (48.7) -1.9 小島貞博 57 カミノクレッセ
0000.02.23 小倉 小倉大賞典 GIII 芝1800m(良) 16 3 5 28.7(11人) 6着 1:50.0 (36.9) -0.3 佐藤哲三 57 ワイドバトル
0000.03.28 中山 マーチS OP 芝1600m(稍) 10 5 5 07.7(5人) 5着 1:35.6 (36.3) -0.5 岸滋彦 57 マイネルヨース
0000.04.26 新潟 谷川岳S OP 芝1600m(良) 13 3 3 13.9(7人) 1着 1:34.7 (47.3) -0.1 大崎昭一 57 (ハヤブサオーカン)
0000.05.17 新潟 新潟大賞典 GIII 芝2200m(良) 13 8 13 16.7(8人) 13着 2:15.8 (50.0) -2.4 大崎昭一 58 メジロパーマー
0000.06.27 中京 テレビ愛知賞 OP 芝2000m(良) 12 3 3 06.4(4人) 2着 2:00.4 (35.5) -0.5 大崎昭一 57 ワンダーレッスル
0000.07.19 小倉 小倉日経賞 OP 芝1700m(良) 12 7 9 04.4(2人) 5着 1:41.6 (34.7) -0.2 大崎昭一 57 ヌエボトウショウ
0000.08.09 小倉 北九州記念 GIII 芝1800m(稍) 13 6 8 18.1(6人) 2着 1:41.6 (34.7) -0.2 大崎昭一 58 ヌエボトウショウ
0000.08.30 小倉 小倉記念 GIII 芝2000m(良) 10 7 8 04.3(2人) 2着 2:01.0 (37.5) -0.0 大崎昭一 58.5 イクノディクタス
0000.10.11 福島 福島民報杯 OP 芝2000m(良) 9 2 2 02.0(1人) 1着 2:01.4 (37.0) -0.5 大崎昭一 58 (センゴクヒスイ)
0000.11.01 東京 天皇賞(秋) GI 芝2000m(良) 18 1 2 34.2(11人) 1着 1:58.6 (36.6) -0.2 大崎昭一 58 ムービースター
0000.11.29 東京 ジャパンカップ GI 芝2400m(良) 14 3 4 28.7(11人) 8着 2:26.6 (37.9) -2.0 大崎昭一 57 トウカイテイオー
0000.12.27 中山 有馬記念 GI 芝2500m(良) 16 4 7 32.3(10人) 4着 2:33.7 (34.8) -0.2 大崎昭一 56 メジロパーマー
1993.03.14 阪神 阪神大賞典 GII 芝3000m(良) 11 8 11 14.3(4人) 5着 3:11.2 (51.5) -2.0 大崎昭一 59 メジロパーマー

種牡馬入り後[編集]

新ひだか町レックススタッドで種牡馬入り。その後幕別町の十勝軽種馬農協種馬所、同町の新田牧場などを経て、1997年より同町のサンライズステイブルで繋養されていた。天皇賞の勝利がフロックであると見られたこと、あまり主流でない血統であることなどが災いし、初年度の種付け数が25頭にとどまるなど人気が出なかった。さらには受精能力が低く、生涯の受胎率は5割を割り込み、生まれた産駒も血統登録にすら至らないケースが目立つなどで、出走にこぎつけたのは生産頭数のさらに半数ほどであった。結果として、特筆すべき産駒は出せなかった。

2008年に種牡馬を引退し、以後は同ステイブルで功労馬として余生を送っていた。2011年に入ってまもなく体調を崩し、一時は小康状態を保ったものの食欲が回復せず衰弱し、1月30日朝に死亡した[7][10][11]。直接の死因は心不全であるという。

血統[編集]

レッツゴーターキン血統 (血統表の出典)[§ 1]
父系 ラウンドテーブル系
[§ 2]

*ターゴワイス
Targowice
1970 黒鹿毛
父の父
Round Table
1954 鹿毛
Princequillo Prince Rose
Cosquilla
Knight's Daughter Sir Cosmo
Feola
父の母
Matriarch
1964 黒鹿毛
Bold Ruler Nasrullah
Miss Disco
Lyceum Bull Lea
Colosseum

ダイナターキン
1979 鹿毛
*ノーザンテースト
Northern Taste
1971 栗毛
Northern Dancer Nearctic
Natalma
Lady Victoria Victoria Park
Lady Angela
母の母
シャダイターキン
1966 鹿毛
*ガーサント Bubbles
Montagnana
ブラックターキン *ブラツクウヰング
*フオルカー
母系(F-No.) フォルカー系(FN:13-c) [§ 3]
5代内の近親交配 Nearco 5×5、Lady Angela 5・4(母系) [§ 4]
出典
  1. ^ [12]
  2. ^ [13]
  3. ^ [2][12]
  4. ^ [12][13]

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

  1. ^ この時、大崎が「天皇賞へ行こう」と陣営に助言した。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n レッツゴーターキン”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2019年10月11日閲覧。
  2. ^ a b c d e 『優駿』1993年1月号、日本中央競馬会、139頁
  3. ^ a b 『優駿』1993年1月号、日本中央競馬会、136-137頁
  4. ^ 吉川2003、28-29頁。
  5. ^ 吉川2003、34頁。
  6. ^ a b c 乱ペースで豪快に追い込む 1992年 レッツゴーターキン”. 天皇賞(秋) 歴代優勝馬ピックアップ. JRA-VAN. 2019年10月11日閲覧。
  7. ^ a b c 92年の天皇賞・秋V レッツゴーターキン逝く”. スポニチアネックス - ギャンブル. スポーツニッポン (2011年2月1日). 2019年10月11日閲覧。
  8. ^ レッツゴーターキンの競走成績”. netkeiba. Net Dreamers Co., Ltd.. 2019年10月11日閲覧。
  9. ^ レッツゴーターキン 競走成績”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2019年10月11日閲覧。
  10. ^ レッツゴーターキンが病気のため24歳で死亡 [News]”. 中央競馬実況中継 競馬実況web. 日経ラジオ社 (2011年1月31日). 2019年10月11日閲覧。
  11. ^ 天皇賞馬レッツゴーターキン死ぬ”. 日刊スポーツ (2011年1月31日). 2019年10月11日閲覧。
  12. ^ a b c 血統情報:5代血統表|レッツゴーターキン|JBISサーチ”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2015年6月19日閲覧。
  13. ^ a b c レッツゴーターキンの5代血統表”. netkeiba. Net Dreamers Co., Ltd.. 2019年10月11日閲覧。
  14. ^ 吉川2003、29-30頁。

参考文献[編集]

  • 吉川良『人生をくれた名馬たち』毎日コミュニケーションズ〈MYCOM競馬文庫〉、2003年。ISBN 4839912270。