ロビンソン・デ・オリヴェイラ

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ロビンソン Football pictogram.svg
名前
本名 ロビンソン・デ・オリヴェイラ
ラテン文字 ROBINSON
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
生年月日 (1957-01-24) 1957年1月24日(61歳)
出身地 サンパウロ州カンピーナス
身長 183cm
体重 79kg
選手情報
ポジション GK
■テンプレート(■ノート ■解説■サッカー選手pj

ロビンソンことロビンソン・デ・オリヴェイラ(Robinson De Oliveira、1957年1月24日 - )は、ブラジルサンパウロ州出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションゴールキーパー

来歴[編集]

選手時代はゴールキーパーとしてサンパウロFCポンチ・プレッタに所属した。

1995年旧JFLの大塚FC(現・徳島ヴォルティス)にゴールキーパーコーチ(GKコーチ)として招かれて日本に渡る。

1997年にはJリーグ・ベルマーレ平塚(現・湘南ベルマーレ)のGKコーチに就任。植木繁晴が監督として指揮を執った2シーズンをGKコーチとして支えた。 当時の平塚には1998年フランスW杯にも出場した小島伸幸などが所属していた。

2000年、前任者である松井清隆の退団に伴いJ1ガンバ大阪のGKコーチに就任。実に6シーズンの長きに渡って早野宏史竹本一彦西野朗といった歴代の日本人監督たちに仕え、都築龍太松代直樹藤ヶ谷陽介らのJリーグを代表する名GKたちを育成、指導した。

G大阪での最後のシーズンとなった2005年には見事J1リーグ優勝を果たし、有終の美を飾ってブラジルへと帰国した。長年のGK指導の影響(シュート打ち込みなど)で悪化した両ひざを2004年シーズンオフに手術した影響もあったと思われるが、2000年に岡中勇人2002年大分へ移籍)からポジションを奪った都築が、2003年には浦和へ移籍。都築からポジションを奪った松代が2005年には藤ヶ谷にポジションを奪われるなど、安定しないGK陣のメンタル面でのケアに苦しみ退団することになった。

2006年は古巣のポンチ・プレッタでGKコーチを務める。

2007年、J1の柏レイソルのGKコーチに就任。柏では南雄太菅野孝憲が熾烈なポジション争いを繰り広げていた。2008年シーズンをもって柏を退団した[1]

選手歴[編集]

指導歴[編集]

全てGKコーチとしての指導

脚注[編集]