ローレライ伝説

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ローレライ(Loreley)は、ライン川流域の町ザンクト・ゴアルスハウゼン近くにある、水面から130mほど突き出た岩山のことであり、スイス北海をつなぐこの河川でも一番狭いところにある。

対岸より眺めたローレライ岩
ライン川にそびえるローレライ
ローレライ像

流れが速く、水面下に多くの岩が潜んでいるため、かつては航行中の多くの舟が事故を起こした場所である。現在は幾度にも渡る工事により大型船が航行できるまでに川幅が広げられている。

ローレライ伝説は、上述のようにローレライ付近が航行の難所であったことが、ローレライにたたずむ金色の櫛を持った美しい少女に船頭が魅せられると船が川の渦の中に飲み込まれてしまう、という魔女伝説に変化したものである。

ライン川下りは、ドイツの観光として有名であるが、ローレライ周辺は、ブドウ畑や古城が建ち並ぶ、見所の多い辺りである。また、この岩山に向かって叫ぶと木霊が返ってくるため、舟人たちの楽しみにもなっていたともいわれている。

岩山の上には、ローレライセンターBesucherzentrum Loreleyが建てられている。

目次

語源と由来

ローレライという語は、古ドイツ語の"luen"(見る、あるいは潜むの意味)と"ley"(岩の意味)に由来している。

ローレライというのは、この岩山を表すと同時に、この岩の妖精、あるいはセイレーンの一種でもあり、ドイツの伝承に由来する、多くの伝説群にしばしば結びつけられる。ハインリッヒ・ハイネIch weiss nicht was soll es bedeuten(「何がそうさせるのかはわからないが」という意味)で始まる詩が一番有名であるが、伝わっている物語にはいくつかの形がある。多くの話に共通するモチーフとしては、ローレライとは不実な恋人に絶望してライン川に身を投げた乙女であり、水の精となった彼女の声は漁師を誘惑し、破滅へと導くというものである。

Der Marnerという13世紀の伝説は、岩の下にはニーベルングの黄金が眠っていると伝えている。この話は、妖精の女王ホルダの伝承と関連がある。彼女はおそらく、フレンシュタインで髪を梳いており、彼女を見た者は視界を失って、訳も分からずに彼女の声に魅了されてしまうのであろう。この伝説は、クレメンス・ブレンターノが、自身の作として1801年に発表したGodwiという小説の作中の"Zu Bacharach am Rheine" という詩で有名な神話群の仲間入りをした。

ハイネのローレライ

『歌の本』「帰郷」の節の2番目の詩がこのローレライにまつわる詩である。1838年にフリードリヒ・フィリップ・ジルヒャーが作曲して、有名になった。日本語の訳詞は明治42年の『女声唱歌』に近藤朔風の訳詞があり、今日まで歌い継がれている。

また、この詩にはフランツ・リストクララ・シューマンなども曲を付けている。

ブレンターノのローレライ

キャロル・ローズが著した『世界の妖精神話事典』では、ローレライは古くからある伝承ではなく、ブレンターノの創作であると記されている。

ブレンターノの詩では、ローレライが妖精になる前のこととライン川に飛び込むまでが描かれている。

詩に描かれたローレライは、見る者を虜にしないではおかない美女であり、多くの男達の面目をも失わせてしまうこともあった。裁きの場に出された彼女は、恋人の裏切りに絶望していたこともあって、死を願うが叶えられず、修道院へと送られた。道中で、最後の思い出に岩山から恋人がかつて住んでいた城を見たいと願い出、岩山の上からライン川へと身を投げた、というのが詩の内容であった。

19世紀には多くのオペラ歌曲、短編などの題材となっており、ヘルマン・サリンジャーHermann SeeligerのLoreleysageの中で数え上げられている。

関連項目

典拠文献

  • 『地球の歩き方 A14 ドイツ 2004-2005年版』1987年初版 2004年7月第17版 ダイヤモンド社
  • キャロル・ローズ著 松村一男編訳『世界の妖精・妖怪事典』原書房 2003年
ウィキメディア・コモンズ
ウィキソース
ウィキソースハイネ作ローレライの原文があります。

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