ワールドブリッツ小山

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ワールドブリッツ小山
原語表記 ワールドブリッツ小山
創設年 1996年
所属リーグ 栃木県社会人サッカーリーグ
ホームタウン 栃木県小山市
運営法人 栃木県スポーツ文化振興株式会社
代表者 -
■テンプレート(■ノート)サッカークラブPJ

ワールドブリッツ小山(ワールドブリッツおやま)は、かつて存在したサッカーのクラブチーム。栃木県小山市を本拠地としていた。

概要[編集]

栃木県から日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)入りを目指すために、もともと宇都宮市に拠点を置いていたクラブチームが1996年に小山市へ拠点を移し、ワールドブリッツ小山が結成された[1]。もともと小山市では1994年から商工会議所を中心にスタジアム建設とJリーグ誘致への取り組みが始まり、同市に専用サッカースタジアムを建設し、市民からの資本参加を仰ぎながらチームを作る取り組みが進められており[2]、ワールドブリッツ小山は結成当初の1996年栃木県社会人サッカーリーグ2部に籍を置き、2002年のJリーグ入りを目指すとして活動を始めた[1]

天皇杯全日本サッカー選手権大会で都道府県代表制度が初めて導入された1996年に天皇杯の県予選を兼ねた栃木県サッカー選手権大会の第1回大会で優勝し、最初の栃木県代表となった[3]。本大会は1回戦でヴィッセル神戸(当時ミカエル・ラウドルップらが在籍)と栃木県グリーンスタジアムで対戦して0-7で大敗した[4][5]。この時、選手兼任で監督を務めていたのは、元サッカー日本代表の戸塚哲也であった[1][3]。11月にワールドブリッツ小山を運営する栃木県スポーツ文化振興株式会社とアステール青森FCを支援していた青森スポーツクラブ株式会社が活動面で提携すると発表した[6]

その後、メインスポンサーと周囲関係者との方向性に食い違いが発覚し、また地元小山市をはじめとする自治体の支援も不充分だったとして1998年に小山市でのプロ化を断念[要出典]1997年には、壬生町にショッピングセンター一体型のサッカー場を建設する案も浮上し[7]、ワールドブリッツの本拠地を移す案が出されたが[2]、これも見送りとなった。その後、チームは宇都宮市に移転し「ワールドSC」というチーム名で栃木県リーグに在籍したが、現在は活動休止状態の模様である。[要出典]

戦績[編集]

年度 所属 順位 勝点 試合 備考
1996 栃木県2部A 優勝
1997 栃木県1部 7位 14 11 4 2 5
1998 4位 17 9 5 2 2 「ワールドSC」に改称
1999 8位 3 14 0 3 11

天皇杯[編集]

開催日 時期 会場 対戦相手 スコア 入場者数
1996年11月3日 第76回天皇杯1回戦 栃木グ ヴィッセル神戸 0-7 2,294

出典・脚注[編集]

  1. ^ a b c “顔ぶれ多彩サッカー天皇杯 元日へキックオフ 80チームが参加”. 読売新聞・東京夕刊: p. 7. (1996年10月26日)  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  2. ^ a b “サッカー「ブリッツ」の壬生本拠地に抗議 小山・誘致市民の会”. 朝日新聞・朝刊・栃木. (1997年4月17日)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  3. ^ a b “天皇杯サッカー “郷土の星”26チーム初出場 3日開幕”. 読売新聞・大阪夕刊: p. 3. (1996年11月1日)  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  4. ^ “サッカー天皇杯全日本選手権第1日 筑波大、早大初戦突破 高校3チームは全滅”. 読売新聞・東京夕刊: p. 15. (1996年11月4日)  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  5. ^ “県代表ワールドブリッツ小山は初戦で敗退 サッカーの天皇杯”. 朝日新聞・朝刊・栃木. (1997年4月17日)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  6. ^ “協力してJリーグへ 栃木と青森で21世紀向け共同声明”. 朝日新聞・朝刊・栃木. (1996年11月28日) 
  7. ^ “サッカー場併設ショッピングセンター、2000年に 壬生町”. 朝日新聞・朝刊・栃木. (1997年4月16日)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧

関連項目[編集]