ヴァローシャ

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ヴァローシャ
マラシュ

ギリシア語: Βαρώσια
トルコ語: Maraş
2006年のヴァローシャ。
ヴァローシャマラシュの位置(キプロス内)
ヴァローシャマラシュ
ヴァローシャ
マラシュ
座標: 北緯35度06分39秒 東経33度57分13秒 / 北緯35.11083度 東経33.95361度 / 35.11083; 33.95361
キプロスの旗 キプロス
 • 地区 ファマグスタ地区
実効支配 北キプロスの旗 北キプロス
 • 地区 ガーズィマウサ地区
人口 (2015)[1]
 - 計 0人
軍のフェンス外から望むヴァローシャ。
ヴァローシャの廃墟となったホテル。

ヴァローシャ (ギリシア語: Βαρώσια [ギリシア語発音: [vaˈɾoʃa]]、トルコ語: MaraşまたはKapalı Maraş[2][3])は、キプロスファマグスタ南部に位置するゴーストタウン1974年トルコのキプロス侵攻以前はファマグスタの観光地であった。紛争が勃発すると住民は他地域へ逃れ、ヴァローシャはトルコ軍の占領下になった。それ以来、ヴァローシャはゴーストタウンのままである。一般に立ち入りは制限されており、2015年現在も人口は0人である。

地名の由来[編集]

「ヴァローシャ」という地名の起源はトルコ語で「郊外」を意味する「varoş」からである。この単語はバルカン半島の大部分がオスマン帝国の統治下であった時に、バルカン地方の言語から[要出典]入ってきたものである。セルビア・クロアチア語で「varoš (キリル文字=Варош)」は「町」「下町」「自治町村」「郊外」等を意味し、ハンガリー語では「町」「自治町村」「地方自治体」を意味する。なお、「vár」は「」を意味し、それゆえ直訳では「砦のある場所」という意味になる。

歴史[編集]

1970年当時、ファマグスタはキプロス内の観光スポットのひとつであった。増加する観光客に対応すべく、次々と新規の高層ホテルが建設された。全盛期(1970~1974年)はキプロス国内だけでなく、世界でも最も人気の観光スポットの一つであり、ラクエル・ウェルチブリジット・バルドーリチャード・バートンエリザベス・テイラーなどのセレブリティーに愛された。

見どころ[編集]

主な見どころとして、ジョン・F・ケネディ通り(以下=JFK通り)が挙げられる。JFK通りはファマグスタ港付近からヴァローシャを通過し、グロッサ・ビーチへ繋がっている。JFK通りに沿うように、アステリアスホテル、キングジョージホテル、ギリシャンホテル、フロリダホテル、アルゴホテル(エリザベス・テイラーのお気に入りだった。)などが立ち並ぶ。アルゴホテルはJFK通りの終端にあり、正面にはプロタラスフィグ・ツリー湾がある。

その他の主要な通路はレオニダス通り(ギリシア語: Λεωνίδας)であり、JFK通りに合流し、西にはウィーン・コーナーがある。レオニダス通りはヴァローシャにおけるショッピング娯楽の中心で、レストランバーナイトクラブトヨタのディーラーなどがあった。

1974年~現在[編集]

トルコのヴァローシャ侵攻以前の人口は39,000人。[4]。続く1974年6月20日のトルコのキプロス侵攻の後、ギリシャ系キプロス軍はラルナカへ撤退した。この時、トルコ軍は現在では民族的境界線となっているグリーン・ラインまで勢力を伸ばした。ギリシャ系キプロス軍とトルコ軍がファマグスタの路上で戦闘になる数時間前に、すべての住民は虐殺を恐れて逃げ出した。難民は南下してパラリムニデリネイア、ラルナカなどへ逃げ込み、パラリムニはそれ以来ファマグスタ県の中心都市になった。

トルコ軍はヴァローシャ全域を掌握すると、周囲を金網で囲い、トルコ軍と国連関係者以外の立ち入りを禁止した。ヴァローシャの住民たちは事態が終息すればヴァローシャへ帰ろうとしていたが、かつてのリゾートはトルコ軍によって金網で囲まれていた。

1984年度の国際連合安全保障理事会決議550で、ヴァローシャは国連の管轄下に置かれることと、逃げ出した元の住民が再び定住することが要求された。トルコはこれを拒否し、思い通りの要求をキプロスに飲ませるための「交渉材料[要出典]」としてヴァローシャを利用した。

この計画は「アンナン計画」と呼ばれ、大半のギリシャ系キプロス人らはこれを不公平だとして拒否した。この計画は元々の住民がヴァローシャに帰還することが内容に盛り込まれていたが、ギリシャ系キプロス人らは、これらの要求はとても容認できないとしてこの計画を拒否した。国際連合安全保障理事会決議550発表で「この計画は今回の騒乱の収束を元々の住民以外で試みるもので、許しがたく、ヴァローシャが国連の管轄下に入ることを強く要求する。」という声明が発表された。[5]。1974年頃より、トルコ軍の役人と女生徒寮の利用者を除いて立ち入りが禁止されている。

欧州人権裁判所はトルコのヴァローシャ侵攻の結果として、ギリシャ系キプロス人に援助で100,000~800,000ユーロを提供した。[6]

住民が消え去ったため、地域の修復が実行されていない。全ての建造物が崩壊し続けている。金属が腐食され、窓ガラスは割れ、道路や壁には植物が根を貼るなど、街は自然に還りつつある。また、近辺の浜辺では海ガメの産卵場所になっている。

ギャラリー[編集]

脚注[編集]

  1. ^ There Is a Ghost Town in Cyprus That's Been Held Hostage for 40 Years”. VICE (2014年8月13日). 2015年1月15日閲覧。
  2. ^ Dağlı, Uğur; Şehir Plancısı Naciye Doratlı, Yrd.Doç.Dr.Şebnem Önal (1998) (Turkish). Gazimağusa Şehrinin Kentsel Gelişiminin Sürdürülebilirliğine Yönelik Çözüm Önerileri. Doğu Akdeniz Üniversitesi, Mimarlık Fakültesi. ftp://ftparch.emu.edu.tr/Projects/cycities/e-mail%20ile%20gelenler1/T4-onal_Gmsemp.doc 2012年11月21日閲覧。. 
  3. ^ Doratlı, Naciye; İbrahim Numan; Özgür Dinçyürek (2002) (Turkish). GAZİMAĞUSA'NIN FARKLI SENARYOLARA GÖRE DEĞİŞİMİNİN MORFOLOJİK AÇIDAN İRDELENMESİ. DAÜ Mimarlık Fakültesi, KKTC. ftp://ftparch.emu.edu.tr/Projects/cycities/fatma/upload_formatted/naciye/T19/GMSEMP01SON_upload_T19.doc 2012年11月21日閲覧。. 
  4. ^ There Is a Ghost Town in Cyprus That's Been Held Hostage for 40 Years”. VICE (2014年8月13日). 2015年1月15日閲覧。
  5. ^ United Nations Security Council Resolution 550 (PDF)”. United Nations (1984年5月11日). 2012年7月14日閲覧。
  6. ^ http://www.parikia.co.uk/daily-news/cyprus-news/cyprus-news-in-english/33395-echr-awards-up-to-8m-in-lordos-case.html

外部サイト[編集]