ヴィクトリア・アーデルハイト・フォン・シュレースヴィヒ=ホルシュタイン=ゾンダーブルク=グリュックスブルク

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ヴィクトリア・アーデルハイト
Viktoria Adelheid
グリュックスブルク家
Victoria Adelaide of Schleswig-Holstein duchess of Saxe-Coburg-Gotha.jpg
ザクセン=コーブルク=ゴータ公妃ヴィクトリア・アーデルハイト
称号 ザクセン=コーブルク=ゴータ公妃
オールバニ公爵夫人
全名
出生 (1885-12-31) 1885年12月31日
ドイツの旗 ドイツ帝国
プロイセン王国の旗 プロイセン王国、グリュンホルツ
死去 (1970-10-03) 1970年10月3日(満84歳没)
オーストリアの旗 オーストリアオーバーエスターライヒ州グライン
配偶者 カール・エドゥアルト
子女
父親 フリードリヒ・フェルディナント
母親 カロリーネ・マティルデ
宗教 キリスト教ルーテル教会
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ヴィクトリア・アーデルハイト・フォン・シュレースヴィヒ=ホルシュタイン=ゾンダーブルク=グリュックスブルクドイツ語: Viktoria Adelheid von Schleswig-Holstein-Sonderburg-Glücksburg, 1885年12月31日 - 1970年10月3日)は、ザクセン=コーブルク=ゴータカール・エドゥアルトの妃。英語名はヴィクトリア・アデレード・オブ・シュレスウィグ=ホルスタインVictoria Adelaide of Schleswig-Holstein)。

生涯[編集]

シュレースヴィヒ=ホルシュタイン公フリードリヒ・フェルディナントとその妃カロリーネ・マティルデドイツ皇后アウグステ・ヴィクトリアの妹)の長女(第1子)として、グリュンホルツドイツ語版で生まれた。父フリードリヒ・フェルディナントはデンマーククリスチャン9世の甥であり、グリュックスブルク家の本家にあたる。

1905年、カール・エドゥアルトと結婚し、3男2女を儲けた。

第一次世界大戦後、カール・エドゥアルトの退位に伴い、一家は一般市民となった。第二次世界大戦後には、ドイツソ連軍占領区域(東ドイツとなる)に所有していた所領を接収されたため、一家はオーストリアへ亡命した。

ヴィクトリア・アーデルハイトと家族(1908年)