ヴィクトル・グリシン

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ヴィクトル・ワシリエヴィッチ・グリシンВи́ктор Васи́льевич Гри́шинViktor Vasilyevich Grishin 1914年9月18日 - 1992年5月25日)は、ソビエト連邦政治家

来歴・人物[編集]

1967年から1985年にかけてモスクワ第一書記を務め、1977年からはソ連共産党政治局員を兼務した。レオニード・ブレジネフに代表される保守派の党官僚(アパラチキ)だった。1985年コンスタンティン・チェルネンコ書記長の死去後、党政治局員のミハイル・ゴルバチョフレニングラード党第一書記のグリゴリー・ロマノフが後継として浮上したが、ロマノフは自分の代わりにグリシンを推した。しかし、政治局会議はゴルバチョフを後継書記長に選出し、グリシン及びロマノフの企図は潰えた。

ゴルバチョフの政敵となったグリシンは、同年12月に政治局員とモスクワ党第一書記を解任され、年金生活入りを余儀なくされた。グリシンの後、モスクワ党第一書記を襲ったのはボリス・エリツィン(後のロシア大統領)である。

1992年5月25日、モスクワの社会保障センターで年金の相談を受けている最中に突然倒れ死去した。