一式三十七粍高射機関砲

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一式三十七粍高射機関砲
種類 高射機関砲
原開発国 日本
運用史
配備期間 1941-1945
配備先 大日本帝国陸軍
関連戦争・紛争 太平洋戦争
開発史
製造数 約10門
諸元
重量 1,750kg

口径 37mm
仰角 -7°から+90°
旋回角 360°
発射速度 180発/分(実用120発/分)
初速 770-820 m / s
最大射程 4,200m(最大射高4,800m)
装填方式 8発(保弾板給弾式)
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一式三十七粍高射機関砲(1しき37みりこうしゃきかんほう)は、1941年(昭和16年)に帝国陸軍が制式制定した高射機関砲である。原型はドイツのラインメタル社が1936年に開発したFlak18である。サキ砲とも呼称された。

概要[編集]

昭和12年当時、九八式二十粍高射機関砲八八式7.5cm野戦高射砲が陣地対空火器として使用されていた。しかし当時の高射火器には射高上の隙間があったことから、中高度防空及び対地攻撃用の陣地高射火器として3.7 cm FlaK 36/37をドイツのラインメタル社より購入し、試験を実施した。重量はあったものの構造が簡単で威力も十分と認められ、昭和16年に制式制定され、一式三十七粍高射機関砲としてライセンス生産を行なった。

ところが、昭和16年のマレー作戦において、イギリス軍が配備していたボフォース 40mm機関砲を多数鹵獲することとなった。そのため陸軍は本砲の生産を中止し、より高性能なボフォース 40mm機関砲をコピー生産することにしたため、本砲は少数の生産で終わった。生産された本砲は要地防衛として輸送されたが、その後の行方は分かっていない。

なお、本砲の貫通力は通常の徹甲弾を使用した場合は100mで24mmを貫通した。また、日本では輸入されていないが、高速徹甲弾を使用した場合の貫通力は100mで36mmであった。

派生型[編集]

対空戦車

本砲を車載化したものととして試製対空戦車 タハが存在するが、終戦に伴い実車が製造されることはなかった。

参考文献[編集]

関連項目[編集]