三ツ間卓也

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三ツ間 卓也
中日ドラゴンズ #43
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 群馬県群馬郡榛名町(現:高崎市
生年月日 (1992-07-22) 1992年7月22日(28歳)
身長
体重
183 cm
92 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り NPB / 2015年 育成選手ドラフト3位
初出場 NPB / 2017年3月31日
年俸 1,200万円(2021年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

三ツ間 卓也(みつま たくや、1992年7月22日 - )は、群馬県群馬郡榛名町(現:高崎市)出身のプロ野球選手投手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。母方の家系から、菅原道真末裔とされている[2][3]

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

榛名町立榛名第六小学校(現:高崎市立久留馬小学校)への在学中に軟式野球を始め、榛名町立榛名中学校(現:高崎市立)への進学後に高崎ジャイアンツへ所属。健大高崎高校への在学中には、春夏ともに甲子園球場での全国大会へ出場できず、3年間を通じて控え投手に甘んじた[3]

高千穂大学への進学後には、1年の春から東京新大学野球の2部リーグ戦に登板。1年秋と3年秋の2部リーグ戦で、最優秀防御率のタイトルを獲得した。チームが1部に加わっていた3年春と4年の春・秋には、リーグ戦通算21試合の登板で3勝11敗を記録。2部のリーグ戦では、通算21試合の登板で8勝0敗を記録した。

2部リーグでのプレーが長かった大学時代には、ストレートが最速でも140km/h台にとどまり、NPB球団のスカウトの注目を引くまでには至らなかった。しかし、大手不動産会社への入社が内定していた4年生の秋に、独立リーグの存在を意識。卒業後の進路を見直した結果、内定を辞退したうえで、将来のNPB入りを視野にベースボール・チャレンジ・リーグ(BCリーグ)のトライアウトを受験した[4]

BCリーグ・武蔵時代[編集]

2014年秋に実施された前述のトライアウト後に、BCリーグのドラフト会議で、新規参入球団の武蔵ヒートベアーズから指名を受けて入団し、武蔵の創設メンバーになった。背番号は19。入団後には、投手としてNPBでプレーした投手コーチの小林宏之の勧めで、オーバースローだった投球フォームをサイドスローに改めた[4]

2015年には、クローザーとしてリーグ戦51試合に登板。最速で150km/h台を計測するようになったストレートを武器に[4]、当時のリーグ記録であるシーズン20セーブを達成し[注 1]、最多セーブのタイトルを獲得した[6]

2015年のNPB育成ドラフト会議で、中日ドラゴンズから3巡目指名。育成選手として入団した。入団当初の背番号は206。指名の挨拶を受けた際には、先祖が菅原道真であることを報道陣の前で初めて公表。同年1月に死去した母方の祖父が、菅原家の家系図や氏寺などを記した巻物を保管していたことも明かしている[7]

中日時代[編集]

2016年には、主に中継ぎとして、ウエスタン・リーグ公式戦35試合に登板。5勝2敗1セーブ、防御率2.19という成績を残し、先発での登板も経験した。シーズン終了後に参加したフェニックスリーグでは、対横浜DeNAベイスターズ戦での先発登板で、この年のリーグ戦完封勝利一番乗りを達成。リーグ戦の終了後には、投手陣の沖縄キャンプに参加し[8]、11月25日に支配下選手契約へ移行することが球団から発表された[3]。移行後の背番号は43

2017年には、オープン戦で登板した6試合(通算投球回数8回1/3)をいずれも無失点で凌ぎ[9]、開幕一軍入りを果たした。3月31日に読売ジャイアンツとの開幕戦(東京ドーム)8回裏に一軍公式戦のマウンドを初めて経験すると、4月6日の対広島東洋カープ戦(ナゴヤドーム)でプロ初ホールドを記録。4月12日の対東京ヤクルトスワローズ戦(明治神宮野球場)では、一軍公式戦7試合目の登板で初勝利を挙げた。育成ドラフト会議で中日に指名された投手が、入団後に支配下選手登録を経て一軍の公式戦で勝利投手になった事例は、この時の三ツ間が初めて[10]。前述した初登板から4月14日の対巨人戦まで、一軍公式戦8登板試合(オープン戦を含めれば14登板試合)連続無失点を記録した[11]。6月9日に出場選手登録を抹消されると、8月末まで二軍で調整。ウエスタン・リーグ公式戦7試合に登板した8月には、先発転向後に2連勝を挙げ、リーグ最多タイ記録の月間2勝(1敗)、リーグ唯一の月間防御率0点台(0.87)、リーグ1位の月間26奪三振という好成績で同リーグの月間MVPに選ばれた[12]。9月1日に再び登録されると、9月9日の対広島戦(いずれもナゴヤドーム)では、一軍公式戦でも先発デビューを果たしている[13]

2018年は4試合の登板に終わった。

2019年は中継ぎとして29試合に登板、イニングまたぎやワンポイントもこなして再び2勝を挙げた。

2020年7月7日のヤクルト戦で、10回裏二死満塁の場面において、控え野手を使い果たしていたために投手・岡田俊哉の代打として出場したが、空振り三振に終わった[14]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2017 中日 35 1 0 0 0 2 1 0 11 .667 174 37.2 35 1 27 0 6 29 0 0 17 17 4.06 1.65
2018 4 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 31 5.2 8 1 4 0 3 5 1 0 8 7 11.12 2.12
2019 29 0 0 0 0 2 2 0 4 .500 143 34.2 30 6 13 0 2 31 1 0 13 13 3.38 1.24
2020 4 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 27 4.1 11 1 2 0 1 7 0 0 10 10 20.77 3.00
通算:4年 72 1 0 0 0 4 3 0 15 .571 375 82.1 84 9 46 0 12 72 2 0 48 47 5.14 1.58
  • 2020年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]



投手












2017 中日 35 4 5 0 0 1.000
2018 4 0 1 0 0 1.000
2019 29 3 3 0 0 1.000
2020 4 0 0 0 0 ----
通算 72 7 9 0 0 1.000
  • 2020年度シーズン終了時

記録[編集]

NPB投手記録
打撃記録
  • 初打席:2017年9月9日、対広島東洋カープ23回戦(ナゴヤドーム)、岡田明丈から四球
  • 初代打:2020年7月7日、対東京ヤクルトスワローズ4回戦(ナゴヤドーム)、岡田俊哉の代打で出場し、石山泰稚から空振り三振

独立リーグでの投手成績[編集]










































W
H
I
P
2015 武蔵 51 0 1 4 20 .200 237 51.0 48 1 26 7 60 5 3 32 25 4.41 1.45
通算:1年 51 0 1 4 20 .200 237 51.0 48 1 26 7 60 5 3 32 25 4.41 1.45
  • 各年度の太字はリーグ最高

背番号[編集]

  • 19(2015年)
  • 206(2016年)
  • 43(2017年 - )

登場曲[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ 達成時点ではリーグ歴代最多記録であったが、三ツ間が中日へ入団した2016年シーズンに、堤雅貴群馬ダイヤモンドペガサス)が21セーブを挙げて記録を更新した[5]

出典[編集]

  1. ^ 中日 - 契約更改 - プロ野球”. 日刊スポーツ. 2020年12月12日閲覧。
  2. ^ 中日育成3位三ツ間 祖先は菅原道真!「ボクの中では笑い話」”. スポーツニッポン (2015年12月11日). 2021年6月30日閲覧。
  3. ^ a b c 中日が三ツ間と支配下契約 菅原道真の末裔右腕”. 日刊スポーツ (2016年11月25日). 2021年6月30日閲覧。
  4. ^ a b c BCリーグドラフト 2015 forNPBドラフト会議 三ツ間 卓也(武蔵ヒートベアーズ)”. BCリーグ公式サイト. 2015年10月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年6月30日閲覧。
  5. ^ 2016シーズン個人タイトル”. BCリーグ公式サイト (2016年9月23日). 2016年10月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年6月30日閲覧。
  6. ^ 2015シーズン個人タイトル 投手部門”. BCリーグ公式サイト (2015年9月19日). 2016年11月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年6月30日閲覧。
  7. ^ 「三ツ間『先祖が菅原道真』」(『西日本スポーツ』2015年10月23日付記事)
  8. ^ 育成・三ツ間、完封”. 中日スポーツ (2016年10月19日). 2016年10月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年6月30日閲覧。
  9. ^ 中日三ツ間、本拠地デビューでも無失点投球続ける”. 日刊スポーツ (2017年4月4日). 2021年6月30日閲覧。
  10. ^ 中日三ツ間プロ初勝利 球団初の育成ドラフト白星”. 日刊スポーツ (2017年4月13日). 2021年6月30日閲覧。
  11. ^ 24歳苦労人 “育成の星”中日・三ツ間 BCリーグの励みになれたら”. スポーツニッポン (2017年4月16日). 2021年6月30日閲覧。
  12. ^ 西武愛斗、中日三ツ間がファーム月間MVP”. 日刊スポーツ (2017年9月11日). 2021年6月30日閲覧。
  13. ^ 中日三ツ間、5回3失点「反省することばかり」”. 日刊スポーツ (2017年9月9日). 2021年6月30日閲覧。
  14. ^ 与田監督「判断を誤った」2死満塁代打に投手三ツ間”. 日刊スポーツ (2020年7月7日). 2021年7月1日閲覧。

関連項目[編集]