三井文庫

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公益財団法人三井文庫
Mitsui Bunko
団体種類 公益財団法人
設立 2010年4月1日
所在地 日本の旗 日本
東京都中野区上高田 5-16-1
法人番号 7011205001635 ウィキデータを編集
起源 財団法人三井文庫(1965年創立)
主要人物 末松謙一(代表理事理事長
武田晴人(常務理事・文庫長)
活動内容 社会経済史史料の保存・公開、調査研究、美術品の保存・公開、調査研究
活動手段 社会経済史史料の保存・公開、調査研究をおこなう史料館(三井文庫本館)と、美術品の保存・公開、調査研究を行う三井記念美術館の運営
収入 5億6,362万9,060円(2019年3月期・経常収益)[1]
基本財産 113億5,392万8,597円(2019年3月期)[2]
ウェブサイト mitsui-bunko.or.jp
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公益財団法人三井文庫(みついぶんこ)は、東京都中野区に本部を置く公益財団法人

概要[編集]

三井財閥三井家の下で収集された社会経済史史料の保存・公開、調査研究をおこなう史料館(三井文庫本館)と、美術品の保存・公開、調査研究をおこなう三井記念美術館からなる非営利の研究機関[3]。後述するように、賛助会社には三井グループ各社が名を連ね、役員も三井グループ各社の幹部・元幹部や三井家(北家・惣領家)の現当主などが就いている。

歴史[編集]

起源は、三井家の修史事業のために収集された史料を保存するために、品川区戸越にあった三井家別邸(現在の「文庫の森」)に設けられた「三井文庫」である[4]第二次世界大戦空襲で一部の史料が焼失し、戦後はGHQによる財閥解体によって三井財閥が解体されたために活動休止となり、戸越の土地・建物は文部省へ売却され、所蔵品は文部省へ寄託された[4]

戦後の混乱も落ち着いてきた昭和30年代に入り、三井不動産の社長であった江戸英雄の発案によって三井文庫の再建が図られ、1964年に文部省と三井家の間で返還に関する覚書が締結され、翌1965年、三井グループ各社によって「財団法人三井文庫」が設立された[4][3]

1985年には文化史研究部門(「三井文庫別館」)を併設し、数次にわたり三井家伝来の美術品・郵便切手等の寄贈を受けて収集・研究・公開を行うようになり[3]2005年10月には、所蔵する美術品を公開するためにかつての三井財閥の本拠地であった三井本館三井記念美術館を開設した[3]

2010年年4月1日、内閣府より公益財団法人の認定を受け、法人名称を「公益財団法人三井文庫」に変更[3]

賛助会社(2020年7月28日現在)[編集]

2020年7月28日時点の賛助会社は、以下の通り[5]

役員一覧(2020年7月1日現在)[編集]

2020年7月1日時点の役員は、以下の通り[6]

役職 氏名 備考
代表理事・理事長 末松謙一 三井住友銀行名誉顧問[7]さくら銀行元会長・頭取、三井銀行元社長
代表理事・副理事長 岩沙弘道 三井不動産会長
代表理事・副理事長 飯島彰己 三井物産会長[8]
業務執行理事(常務理事・文庫長) 武田晴人 経済学者・歴史学者、東京大学名誉教授
業務執行理事・三井記念美術館館長 清水眞澄 仏教美術研究者、成城大学名誉教授
理事 赤松憲 三越伊勢丹ホールディングス会長兼取締役会議長[9]
理事 石井寛治 経済学者、歴史学者。東京大学名誉教授。
理事 斎藤修 経済学者、一橋大学名誉教授
理事 豊田章一郎 トヨタ自動車名誉会長
理事 三井八郎右衞門 建築家三井家(北家)第12代当主
監事 井口武雄 三井住友海上火災保険名誉顧問
監事 古澤煕一郎 三井住友信託銀行名誉顧問、中央三井トラスト・ホールディングス元会長・社長、中央三井信託銀行社長

脚注[編集]

  1. ^ 平成30年度正味財産増減計算書(三井文庫)
  2. ^ 平成30年度貸借対照表(三井文庫)
  3. ^ a b c d e 公益財団法人の概要(三井文庫)
  4. ^ a b c 三井文庫三井広報委員会
  5. ^ 賛助会社(三井文庫)
  6. ^ 役員(三井文庫)
  7. ^ (参考)当社の顧問制度について三井住友フィナンシャルグループ
  8. ^ 役員一覧(三井物産
  9. ^ 役員体制(三越伊勢丹ホールディングス)