三好為三

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三好 為三
時代 戦国時代 - 江戸時代前期
生誕 天文5年(1536年
死没 寛永8年12月10日1632年1月31日
別名 一任斎為三
戒名 善長寺殿前日州刺史賢通為三大居士
墓所 東京都台東区谷中谷中霊園
官位 従五位因幡守?
幕府 江戸幕府
主君 細川晴元三好義継織田信長豊臣秀吉徳川家康秀忠家光
氏族 三好氏
父母 父:三好政長
兄弟 宗渭、女(池田信正室)
可正、娘(篠山資友室)、長富

三好 為三(みよし いさん)は、戦国時代から江戸時代前期の武将旗本。一般には政勝と呼ばれているが実名は不明。三好氏傍流の三好政長の子で、摂津榎並城主。兄は三好宗渭

人物[編集]

『狩野文書』の元亀二年七月晦日付け一任斎宛足利義昭御内書によると、書出しに「舎兄下野守跡職并自分当知行事」と記されており、三好三人衆の一人、下野守の三好宗渭を為三の兄と記す。

為三の実名については諸説あるが、決定的なものはない。『寛政重修諸家譜』によれば、名は一任(まさとう)とされるが、実際には出家後の名を一任斎為三と称している。また名を政勝とする系図・資料も多いが、実際は政勝は先述の兄下野守宗渭の実名であり、兄弟の実名が混同されてしまっているという指摘がある。なお、三好宗渭は一般には「三好政康」と呼ばれているが、一次史料などで「政康」の名は全く見えない[1][2]

生涯[編集]

史料上での三好為三の初出は、元亀元年(1570年)8月2日付大山崎惣中への安堵状である。それまでの動向は不明な部分が多いが父・三好政長が江口の戦いで討死して以来、兄である三好政勝(宗渭)と行動を共にしたと思われる。

やがて織田信長が上洛してくると、三好三人衆や三好康長らと共に和泉国の織田方の城を落したり、室町幕府第15代将軍・足利義昭を本圀寺に攻めたり(本圀寺の変)と反信長戦線に加わった。織田軍に敗れ一旦阿波に退却し、宗渭の死後はその家督を継いだ。元亀元年(1570年)7月に渡海し中島天満森に着陣、野田城・福島城の戦いに参戦したが、前述の安堵状を出した直後の同月8月28日には信長に降伏を申し出て、続く比叡山攻囲戦には織田軍に加わって戦っている(『信長公記』『尋憲記』)。これにより信長から9月20日に摂津国豊島郡をあてがわれた(『寛政重修諸家譜』)が、元亀2年(1572年)6月に伊丹親興の領地との交換で旧領榎並を回復した(『福地源一郎氏文書』)。

ところが、元亀3年(1572年)には松永久秀三好義継細川昭元の抗争の中で、松永方に属して信長が庇護していた昭元を攻めている(『永禄以来年代記』)。この記録を最後に、しばらく史料上からは姿を消す。なお、それまで行動を共にしてきた香西長信は、本願寺に味方して天正3年(1575年)に戦死しているが(『信長公記』)、本願寺側の中に為三の名前はない。

本能寺の変後に豊臣秀吉に仕えたとされ、次に史料に登場するのは天正20年(1592年)の文禄の役に際して、肥前名護屋城の本丸番衆を務める馬廻の「三好為三」としてである(『太閤記』)。秀吉の死後は慶長5年(1600年)より徳川家康に仕え、関ヶ原の戦いでは東軍の徳川秀忠率いる軍の一員として西軍の真田昌幸信繁父子が籠る信濃上田城攻め(上田合戦)に加わっている。その後は旗本として1,400石余を加増され(『寛政重修諸家譜』)、河内三郡の内で2,020石を領した。その後、慶長9年(1604年)に因幡守に任官し、大坂の陣にも出陣し、戦場であった河内の案内に功績があったとして表彰され、鷹狩の許可を得た上茶器を与えられるなど厚遇されたといわれるが、恐らく息子であろう(系図上では為三は因幡守となっているが天野忠幸によれば因幡守は為三の息子であるとする)。秀忠の御咄衆となり、寛永8年(1632年)に96歳で死去した。

なお、真田十勇士の1人・三好伊三入道のモデルとされている。姓名が一致こそするものの為三自身は真田氏とは関係はない。また真田信繁の側室隆清院は、三好康長の養子となった三好信吉(豊臣秀次)の娘とされているが、為三とは何の関係もない。

脚注[編集]

  1. ^ 天野忠幸「三好一族の人名比定について」(初出:天野『戦国期三好政権の研究(初版))』(清文堂、2010年)/改訂所収:天野『増補版 戦国期三好政権の研究』(清文堂、2015年) ISBN 978-4-7924-1039-1)
  2. ^ 天野忠幸『三好長慶』ミネルヴァ書房ミネルヴァ日本評伝選

参考文献[編集]

  • 『寛政重修諸家譜』巻百九十九三好氏の項。国民図書、1922
  • 長江正一『人物叢書 三好長慶』吉川弘文館、1968年(新装版、1989年4月)。ISBN 978-4-642-05154-5
  • 今谷明『戦国三好一族 天下に号令した戦国大名洋泉社、2007年。
  • 福島克彦『戦争の日本史11 畿内・近国の戦国合戦』吉川弘文館、2009年。