三星 (菓子製造)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
株式会社 三星
Mitsuboshi Co., Ltd.
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
053-0814
北海道苫小牧市糸井141
北緯42度36分55秒 東経141度31分39秒 / 北緯42.61528度 東経141.52750度 / 42.61528; 141.52750座標: 北緯42度36分55秒 東経141度31分39秒 / 北緯42.61528度 東経141.52750度 / 42.61528; 141.52750
設立 1898年(創業)
1964年1月1日(設立)
業種 食料品
法人番号 2430001053919
事業内容 和菓子洋菓子焼き菓子パン笹寿司の製造・販売
代表者 三浦実(代表取締役社長)
外部リンク https://yoitomake.jp
テンプレートを表示

三星(みつぼし、: Mitsuboshi)は、北海道苫小牧市に本社のある製菓メーカー・企業

概要[編集]

かつて苫小牧の勇払原野に自生していたハスカップを利用して開発した「よいとまけ」をはじめ、和菓子洋菓子パンを製造・販売している[1]

主な商品[編集]

  • よいとまけ
  • ハスカップランド
  • ゆのみのんの
  • 北恋菓(きたれんか)
  • ハスカップの雫
  • ハスカップみるく
  • 北海道フロランタンタン
  • グランシェフブレッド
  • ハスカップスイートロール
  • ハスカップジャム

沿革[編集]

1898年明治31年)、作家・小林多喜二の伯父にあたる小林慶義が長男の幸蔵とともに小樽で菓子屋を始めた[2]。三星の屋号は、小樽の教会が「信仰・希望・愛」を表す3つの星として名づけた[2]。その後、小樽の店を幸蔵に任せた慶義は、1912年(明治45年)に次男の俊二とともに「王子製紙苫小牧工場」が操業を始めてまだ間もない苫小牧において「小林三星堂」を開店した[2]。同年に生まれた俊二の長男・正俊は幼少期から家業を手伝い、菓子(パン)づくりを追求していった[2]1953年昭和28年)に販売を始めたハスカップを使ったロールカステラ「よいとまけ」は、苫小牧を代表する銘菓となった[3]1964年(昭和39年)に正俊は会社を株式会社化し、「三星」の礎を築いた[2]。正俊は三星マークを「郷土に惚れ、仕事に惚れ、女房に惚れる」三惚れマークと表現していた[2][3]

2010年平成22年)から大東開発とともに地元の女子アイスホッケーチーム「三星ダイトーペリグリン」のスポンサーとなって支援していた(2015年に撤退し、チームは「道路建設ペリグリン」と改称した)[4]

店舗[編集]

苫小牧市を中心とする道央日胆に出店している。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 日本一食べづらい「よいとまけ」とは?”. 北海道ファンマガジン (2010年11月4日). 2018年8月15日閲覧。
  2. ^ a b c d e f 会社概要”. 三星. 2018年8月16日閲覧。
  3. ^ a b よいとまけの生みの親 初代社長 小林正俊の肖像”. 三星. 2018年8月16日閲覧。
  4. ^ “女子IH・ペリグリン支援先を模索中 三星、大東開発が撤退”. 苫小牧民報 (苫小牧民報社). (2015年6月17日). https://www.tomamin.co.jp/sports/icehockey/5934/ 2018年8月16日閲覧。 

関連項目[編集]