三柱神社 (佐々町)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Camera-photo Upload.svg 画像提供依頼
1.三柱神社外観(社殿、参道など)
2.敷地内の肉弾三勇士像
の画像提供をお願いします。2018年9月
三柱神社
所在地 長崎県北松浦郡佐々町羽須和免404番地
位置 北緯33度13分56.4秒
東経129度39分4.9秒
座標: 北緯33度13分56.4秒 東経129度39分4.9秒
主祭神 素戔鳴命
大己貴尊
稲田姫尊
ほか相殿10柱[1]
社格郷社
創建 貞元2年(977年
別名 三尊大明神
三社大明神
三柱大明神
例祭 10月8日9日10日[1]
地図
三柱神社の位置(長崎県内)
三柱神社
三柱神社
三柱神社の位置(日本内)
三柱神社
三柱神社
テンプレートを表示

三柱神社(みはしらじんじゃ)は、長崎県北松浦郡佐々町羽須和免にある神社。旧社格は郷社[1][2]

敷地内には東京青松寺より移築された肉弾三勇士の銅像のうちの1体が保存されている[3]

祭神[編集]

歴史[編集]

創建は貞元2年(977年)11月、肥前国松浦郡佐々の地頭であった古川伊予守なる人物が、武蔵国内に鎮座する氷川神社分霊を佐々の古川岳連峰頂上に『三尊大明神』として奉祀した事が始まりと云われる[2][4][6][7][8]

天養元年(1144年)9月9日より郷中安全や五穀豊穣を祈願した祭祀(おくんち)が始まる[2]養和元年(1181年)、西日本一帯を中心に「養和の飢饉」と呼ばれる大飢饉が発生して多数の死者が出る中、佐々郷内でも疫病が流行し、これをきっかけに同年より祇園祭が行われるようになった[2][6]

社は山岳信仰の場として佐々郷内の一円より深い崇敬を集めた。室町時代以降、北松浦半島域内の争乱に伴い佐々の東光寺周辺に拠点を置いた平戸松浦氏からも崇敬を受けたという[8]。中世末期から近世にかけて、松浦隆信松浦重信松浦誠信平戸領主諸大名からの寄進の記録が残る[2][9]

社は遷座や改称を繰り返している。建武2年(1355年)に古川岳の麓の佐々川右岸に、応永33年(1455年)に佐々村内の三王山に、文明9年(1477年)に羽須和免の大宮原(現在の佐々町立図書館付近)に遷座。寛文7年(1667年)3月に『三社大明神』と改称し、文化2年(1805年)10月に現在の地に落ち着いた[10][11]。文化2年遷宮時の造営費は松浦氏のほか佐々里村(佐々村)、市瀬村、小佐々村が支出したとの記録がある[10][12]1871年明治4年)に三柱神社と改称し現在に至っている[10][11]

祭事[編集]

肉弾三勇士の銅像[編集]

東京・芝の青松寺にあった肉弾三勇士の銅像。先頭(正面向かって右側)が三柱神社へ移築された北川丞の像。

いわゆる「肉弾三勇士」の1人である北川丞は佐々村大字市瀬江里免(現在の佐々町江里免)出身[13]。北川の死後、佐々村では北川の功績を讃え銅像が建立された[3]。しかし太平洋戦争の戦況悪化に伴い公布された金属類回収令による供出のため、銅像は撤去を余儀なくされた[3]

現在の三柱神社敷地内に設置されている北川の像は、もとは東京青松寺に設置されていたもので、3体に切り離したうちの北川の像を1968年(昭和43年)に佐々町内の有志が譲り受け建立したものである[3]

交通[編集]

参考文献[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b c 長崎県神社庁 佐世保支部 - 北松浦郡佐々町
  2. ^ a b c d e 神社誌料編纂所,1912年,長崎縣之部 35頁
  3. ^ a b c d 肉弾三勇士 佐々町観光サイト
  4. ^ a b c 境内設置の石碑『三柱神社(旧郷社)由緒記』より。
  5. ^ 現在の佐々町南部。全25免の行政区画のうち、古川免、志方免、本田原免、市場免、羽須和免、口石免、須崎免、小浦免、木場免、野寄免、平野免、栗林免、石木場免、中川原免、沖田免、迎木場免の16免を包含。
  6. ^ a b 三柱神社 佐々町観光サイト
  7. ^ 長崎県広報課|広報誌コーナー|ながさきにこり『第17回 佐々町』 - 古川岳遊歩道 - ウェイバックマシン(2016年12月19日アーカイブ分)
  8. ^ a b 角川日本地名大辞典 42 長崎県「三柱神社」
  9. ^ 三柱神社の宝刀 伝統と歴史/佐々町教育委員会
  10. ^ a b c 神社誌料編纂所,1912年,長崎縣之部 35頁-36頁
  11. ^ a b 長崎県広報課|広報誌コーナー|ながさきにこり『第17回 佐々町』 - 三柱神社・東光寺 - ウェイバックマシン(2016年12月19日アーカイブ分)
  12. ^ 『佐々吉永家文書 毎日記録』 佐々町教育委員会
  13. ^ 小笠原長生忠烈爆弾三勇士:附・壮烈肉弾五勇士』 実業之日本社、1932年、164頁。NDLJP:1191094

関連項目[編集]

  • 三柱神社 - 日本各地に所在する同名の神社(曖昧さ回避)