三橋信方

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三橋信方

三橋 信方(みつはし のぶかた、1856年安政3年)12月[1] - 1910年明治43年)6月25日[1][2])は、日本外交官横浜市長

経歴[編集]

江戸下谷掃除町の幕臣の家に生まれる[1]。母は三橋かよ子[3]1877年明治10年)より工部省に出仕。以後、神奈川県二等属、同一等属、外務省御用掛、神奈川県書記官、同参事官、臨時横浜築港局次長を歴任した[4]1896年(明治29年)、外務省参事官兼書記官に任命[5]会計課長[6]外務大臣秘書官[7]、秘書課長[8]、外務大臣秘書官[9]、電信課長、会計課長、弁理公使などを経て、1901年(明治34年)にオランダ公使兼デンマーク公使に任命された[10]

1906年(明治39年)に外務省を退官した後、横浜市長に就任し、マラリアにより病没[2]するまで在任した。市長在任中の1909年(明治42年)7月には開港50年記念祭典が行われ、市の紋章と市歌が制定された[1]。墓所は東京都文京区の善雄寺[1]

栄典[編集]

位階
勲章
外国勲章佩用允許

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 神奈川県県民部県史編集室 1983, 715頁.
  2. ^ a b 大植 1935, 1169頁.
  3. ^ 大植 1935, 1198頁.
  4. ^ 『官報』第2821号、明治25年11月21日
  5. ^ 『官報』第3802号、明治29年3月5日
  6. ^ 『官報』第3803号、明治29年3月6日
  7. ^ 『官報』第3832号、明治29年4月11日
  8. ^ 『官報』第3862号、明治29年9月10日
  9. ^ 『官報』第4104号、明治30年3月11日
  10. ^ 『官報』第5252号、明治34年1月8日
  11. ^ 『官報』第6774号「叙任及辞令」1906年2月1日。
  12. ^ 『官報』第8104号「叙任及辞令」1910年6月28日。
  13. ^ 『官報』第5848号「叙任及辞令」1902年12月29日。
  14. ^ 『官報』第583号「賞勲叙任」1885年6月12日。
  15. ^ 『官報』第2438号「叙任及辞令」1891年8月14日。

参考文献[編集]