三菱重工名古屋硬式野球部

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三菱重工名古屋硬式野球部
チーム名(通称) 三菱重工名古屋、三菱名古屋、重工名古屋
加盟団体 日本野球連盟
加盟区分 企業チーム
創部 1953年
チーム名の遍歴

  • 新三菱重工名古屋 (1953 - 1963)
  • 三菱名古屋 (1964 - 1992)
  • 三菱重工名古屋 (1993 - 2020)
本拠地自治体

練習グラウンド 三菱大府グランド(愛知県大府市
チームカラー 赤色
監督 渡邊祐史
都市対抗野球大会
出場回数 26回
最近の出場 2017年
最高成績 準優勝
日本産業対抗野球大会
出場回数 2回
最近の出場 1966年
最高成績 2回戦進出
社会人野球日本選手権大会
出場回数 9回
最近の出場 2018年
最高成績 優勝
全日本クラブ野球選手権大会
出場回数 ※出場資格なし

三菱重工名古屋硬式野球部(みつびしじゅうこうなごやこうしきやきゅうぶ)は、愛知県名古屋市に本拠地を置き、日本野球連盟に加盟していた社会人野球の企業チーム。2020年シーズンをもって活動を終了した。

母体は、三菱重工業。合宿所・練習グラウンドは、愛知県大府市に所在し、グラウンドは三菱自動車岡崎と同じ三菱大府グランドを使用している。

概要[編集]

1953年新三菱重工業の名古屋製作所で『新三菱重工名古屋硬式野球部』として創部。

1957年都市対抗野球に初出場し、1961年都市対抗野球では準優勝となった。

1964年、本社の再編に伴い三菱重工業が発足。これに伴い、チーム名を『三菱名古屋』に改称した。

1980年日本選手権に初出場を果たした。

1993年1970年に母体である三菱重工業から独立し発足した三菱自動車工業の岡崎工場で新たに社会人野球チームの三菱自動車岡崎が当チームから分離独立する形で活動を開始した。これに伴い、チーム名を『三菱重工名古屋』に改称した。以降は、列強がひしめく東海地区で苦戦が続くようになり、1997年まで2大大会の本戦出場を逃していた。

2003年都市対抗では42年ぶりの8強入りを果たし、2007年日本選手権では準優勝となり、2018年の日本選手権では初優勝を遂げた。

2020年、三菱重工系列の野球部再編に伴い、シーズン末をもって三菱重工広島と共に活動終了、67年の歴史に幕を下ろした。

設立・沿革[編集]

  • 1953年 - 『新三菱重工名古屋』として創部。
  • 1957年 - 都市対抗野球に初出場(2回戦敗退)。
  • 1961年 - 都市対抗野球で準優勝。
  • 1964年 - 本社再編に伴い、チーム名を『三菱名古屋』に改称。
  • 1980年 - 日本選手権に初出場(1回戦敗退)。
  • 1993年 - 三菱自動車工業の岡崎工場で発足した三菱自動車岡崎が当チームから分離独立。これに伴い、チーム名を『三菱重工名古屋』に改称。
  • 2007年 - 日本選手権で準優勝。
  • 2018年 - 日本選手権で初優勝。
  • 2020年 - 3月19日、三菱重工業は、社会人野球の三菱重工名古屋、三菱日立パワーシステムズ(横浜)、三菱重工神戸・高砂、三菱重工広島の4チームを、2021年から2チームに再編すると発表し、チーム強化策の一環で、横浜と神戸・高砂の2拠点に集約することとなり、事実上の「廃部」となる。[1][2]

練習場[編集]

愛知県大府市横根町蓑手107-121

大府グランドでの練習は三菱重工名古屋は午後から、三菱自動車岡崎が午前中という場合が多い。

主要大会の出場歴・最高成績[編集]

主な出身プロ野球選手[編集]

元プロ野球選手の競技者登録[編集]

かつて在籍した選手・コーチ・監督[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

関連項目[編集]