三重・菰野町少年主婦刺殺事件

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三重・菰野町少年主婦刺殺事件(みえ・こものちょうしょうねんしゅふしさつじけん)は、1997年3月22日三重県菰野町で発生した当時14歳の未成年者による殺人事件である。

事件の経緯[編集]

三重県菰野町湯の山温泉ふもとの閑静な住宅街で、ゴルフ場支配人の妻である主婦が包丁で刺され、頭から血を流して倒れているのを近所の人が見つけ、110番したが、警察がかけつけたところ、主婦は右側頭部から血を流してあおむけに倒れており、すでに死亡していた[1]。 殺人とみて捜査を開始した同県警捜査一課と四日市西署は23日、殺人の疑いで、事件直後に、「男に手を切られた」 と証言していた隣家に住む中学2年14歳の少年を逮捕した。

少年は大筋で容疑を認め、「マンガ本などを買う小遣いが欲しかったため、留守宅に1階の窓ガラスを割って侵入[2]、主婦が帰宅したため台所にあった包丁で切りつけたと供述した[3]

調べによると、少年は22日午後、留守宅に侵入、同7時20分ごろ帰宅した主婦に姿を見られたため、台所にあった包丁で頭や背中など数カ所を刺し、鈍器で殴るなどして殺害した疑い[4][5]

同署は22日夜から、少年から任意で事情を聞いていたが、少年は事件後、手の甲に全治約3週間の切り傷を負っており、捜査員に、「悲鳴が聞こえたので、駆け付けようとしたところ、路上で逃げる男にでくわして、男に右手を包丁で切られた」と語った[5]。証言に矛盾点があったことや、少年の靴に血痕が付着していたことなどから、追及したところ、23日午後になって殺害を供述。 「男に手を切られた」 との証言もうそだったことを認めた。

その後[編集]

少年は逮捕され拘置されたが、4月3日津地方検察庁四日市支部は、少年事件では異例となる拘置延長を請求、四日市簡易裁判所は再拘置を認めた[6]

4月11日、津地方検察庁四日市支部により、強盗殺人罪で津家庭裁判所四日市支部に送致された[7]

5月8日、津家庭裁判所で審判が行われ、初等少年院送致が決定した。「非行の態様、少年の資質、性格上の問題点、生活環境、反省状況などを総合的に考慮した」が決定理由である[8]

少年の人物像[編集]

少年は奈良市の小学校を卒業後、三重県の私立中学に進学した。クラスでは目立たない存在であった。中学校の教頭は、「教育熱心な家庭であったようで、そのプレッシャーがあったのでは」と指摘した[3]

中学校の担任女性教師は、ごく普通の生徒で、ものにこだわらない子と見ており、非行の兆候を感じさせたことはなかったという[9]

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 主婦、自宅で殺される 血染め台所、床に包丁 急行の中学生も刺傷/三重・菰野 読売新聞 1997年3月23日 中部朝刊31ページ
  2. ^ 「小遣い欲しさで」容疑の中学生供述 三重の主婦刺殺【名古屋】朝日新聞 1997年3月26日朝刊31ページ
  3. ^ a b [ニュース・アイ]三重・菰野の主婦殺害 中2、「マンガ本欲しい」が動機 読売新聞 1997年3月31日 中部朝刊31ページ
  4. ^ 中2が主婦刺殺容疑 三重で逮捕 朝日新聞 1997年3月24日朝刊35ページ
  5. ^ a b 主婦刺殺容疑で中2男子を逮捕 空き巣見つかり居直り ケガ、被害者装う/三重 読売新聞 1997年3月24日 中部朝刊35ページ
  6. ^ 三重・菰野の主婦殺害 少年の拘置延長認める/四日市簡裁 読売新聞 1997年4月4日 中部朝刊34ページ
  7. ^ 三重・菰野の主婦殺し 逮捕の少年を家裁に送致/津地検 読売新聞 1997年4月12日 中部朝刊35ページ
  8. ^ 菰野の主婦殺害 14歳を少年院送致/津家裁 読売新聞 1997年5月9日中部朝刊34ページ
  9. ^ 少年法・いま問われるもの](4)「説明責任」どう果たす(連載) 読売新聞 1997年9月12日 東京朝刊38ページ