上山田線

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JR logo (kyushu).svg 上山田線
基本情報
現況 廃止
日本の旗 日本
所在地 福岡県
種類 普通鉄道在来線地方交通線
起点 飯塚駅
終点 豊前川崎駅
駅数 10駅
電報略号 ミマセ[1]
開業 1895年4月5日
廃止 1988年9月1日
所有者 九州旅客鉄道
運営者 九州旅客鉄道
路線諸元
路線距離 25.9 km
軌間 1,067 mm狭軌
線路数 全線単線
電化方式 全線非電化
閉塞方式 タブレット閉塞式
路線図
Linemap of JNR Kamiyamada Line.svg
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停車場・施設・接続路線(廃止当時)
凡例
STR
筑豊本線
BHF
0.0 飯塚駅
STRq xABZgr
筑豊本線
exBHF
1.5
0.0
平恒駅 (II)
exABZgl exKDSTeq
-
0.7
平恒駅 (I) -1939
exKHSTa exBHF
7.0 臼井駅
exSTRr exSTR
両筑軌道 -1927?
uexKHSTa exBHF
9.6 大隈駅
uexSTRr exSTR
大隈軌道 -1933
exABZg+l exSTRq
漆生線 -1986
exDST
10.7 嘉穂信号場
exBHF
12.4 下山田駅
exBHF
14.4 上山田駅
exBHF
17.4 熊ヶ畑駅
exTUNNEL1
熊ヶ畑トンネル
exBHF
22.1 真崎駅
exBHF
23.7 東川崎駅
xABZg+l STRq
日田彦山線
BHF
25.9 豊前川崎駅
STR
日田彦山線

上山田線(かみやまだせん)は、福岡県飯塚市飯塚駅から田川郡川崎町豊前川崎駅までを結んでいた、九州旅客鉄道(JR九州)の鉄道路線地方交通線)である。国鉄再建法の施行(1980年)により第2次特定地方交通線に指定され、国鉄分割民営化後の1988年9月1日に廃止された[2]

路線データ[編集]

  • 管轄(事業種別):九州旅客鉄道(第一種鉄道事業者
  • 区間(営業キロ):飯塚 - 豊前川崎 25.9km(嘉穂信号場 - 下山田間 (1.7km) は、漆生線と重複)
  • 軌間:1067mm
  • 駅数:10(起終点駅含む)
  • 複線区間:なし(全線単線
  • 電化区間:なし(全線非電化
  • 閉塞方式:タブレット閉塞式

歴史[編集]

上山田線は歴史的に、明治時代に筑豊炭田から産出される石炭の輸送のため、筑豊鉄道九州鉄道が建設し、鉄道国有法により国有化された飯塚 - 上山田間と、油須原線構想により太平洋戦争後に建設された上山田 - 豊前川崎間に分かれる。

前者の区間は筑豊鉄道若松港への石炭積み出しのために敷設した鉄道(後の筑豊本線)の延長として1895年に飯塚 - 臼井間を開業したのが始まりであり、1897年に九州鉄道に合併された後、1901年に上山田まで延伸(大隈 - 上山田間は当初貨物線)された。1907年の国有化後は、筑豊本線の一部となったが、1929年に長尾線が原田まで延伸されて全通したのにともない、そちらが筑豊本線となり、飯塚 - 上山田間は上山田線として分離された。

後者の区間については、筑豊地区の石炭を苅田港に輸送するために計画された油須原線の一部であり、1966年に同計画の一部として建設された漆生線漆生 - 下山田(嘉穂信号場)間と同時に開業した。油須原線はもともと貨物輸送が目的の鉄道路線であったが、筑豊炭田の凋落とともに計画の東半分(豊前川崎 - 大任 - 油須原)が未開業に終わり、結局貨物輸送に使われることはなかった。

貨物輸送の廃止後は、沿線の急激な衰退もあって営業成績は振るわず、営業係数ワーストランキングの常連となっていった。

1980年の国鉄再建法施行により1984年6月に第2次特定地方交通線に指定され、沿線に7箇所存在した自治体(飯塚市・嘉穂郡穂波町・同桂川町・同碓井町・同嘉穂町山田市・田川郡川崎町。ただし、桂川町内に上山田線の駅は存在しなかった)の中で碓井町のみが第三セクター化による存続を訴えていた。

だが、最終的には鉄道存続を断念し、JR九州へ移管されて1年5か月後の1988年9月1日に全線廃止となった。

年表[編集]

  • 1895年(明治28年)4月5日 筑豊鉄道が飯塚 - 臼井間を延伸開業、臼井駅を新設
  • 1897年(明治30年)10月1日 筑豊鉄道が九州鉄道に合併
  • 1898年(明治31年)
    • 2月8日 臼井 - 大隈を延伸開業、大隈 - 下山田間の貨物支線を開業、大隈・(貨)下山田の各駅を新設
    • 3月29日 平恒分岐点 - 平恒間の貨物支線を開業、(貨)平恒駅(初代)を新設
  • 1901年(明治34年)6月28日 下山田 - 上山田間の貨物支線を延伸開業、(貨)上山田駅を新設
  • 1903年(明治36年)12月20日 大隈 - 上山田間の旅客営業を開始、下山田・上山田の各駅を貨物駅から一般駅に変更
  • 1907年(明治40年)7月1日 鉄道国有法により九州鉄道が買収され、官設鉄道となる
  • 1909年(明治42年)10月12日 国有鉄道線路名称制定により、若松 - 上山田間・平恒分岐点 - 平恒間が筑豊本線となる
  • 1917年(大正6年)3月12日 平恒分岐点に貨物駅を新設し、新平恒駅とする
  • 1929年(昭和4年)12月7日 長尾線飯塚 - 原田間全通にともない長尾線を筑豊本線に編入し、飯塚 - 上山田間 (14.4km) を上山田線として区間分離
  • 1939年(昭和14年)5月29日 新平恒 - 平恒間(初代)(0.7km) の貨物支線を廃止、平恒駅(初代)を廃止、新平恒駅を平恒駅(2代)に改称
  • 1948年(昭和23年)5月8日 平恒駅を貨物駅から一般駅に改める
  • 1960年(昭和35年)
    • 2月 油須原線第2工区であった上山田 - 熊ヶ畑トンネル終点間の工事完了
    • 3月 油須原線第3工区であった熊ヶ畑トンネル終点間 - 東川崎間の工事完了
  • 1964年(昭和39年) 工事を国鉄から鉄道公団が承継
  • 1966年(昭和41年)
    • 3月 油須原線第4工区であった東川崎 - 豊前川崎間の工事完了
    • 3月10日 上山田 - 豊前川崎間 (11.5km) 延伸開業、ただし旅客営業のみ。熊ヶ畑・真崎・東川崎の各駅および嘉穂信号場を新設
  • 1980年(昭和55年)3月31日 飯塚 - 上山田 (14.4km) の貨物営業を廃止
  • 1984年(昭和59年)6月22日 第2次特定地方交通線として廃止承認
  • 1987年(昭和62年)4月1日 国鉄分割民営化に伴い、日本国有鉄道から九州旅客鉄道に承継
  • 1988年(昭和63年)

運行[編集]

1966年3月の全通時点では、飯塚駅 - 上山田駅間は17往復が設定され、筑豊本線に直通する列車も複数存在した一方、新規開業の上山田駅以東(豊前川崎駅方面)とは運行系統が分断されていた[3]。このとき開業した上山田駅以東は6往復が設定され、そのうち5往復が同時に開業した漆生線直通であった[3]。上山田駅以西(飯塚駅方面)の本数は1968年10月ダイヤ改正時点で14往復[4]、1972年3月ダイヤ改正時点で10往復[5]と次第に減少したものの、廃止直前の1988年3月時点においても下り11本、上り13本が設定されていた[6]。上山田駅以東は1968年10月ダイヤ改正で早くも日中の1本が削減され[4]、1972年3月ダイヤ改正時点ではさらに午後の1往復が1968年10月時点より削減されて4往復となる[5]。以後、廃止まで4往復の体制は変わらなかったが、上山田駅以西との直通列車ものちには設定され[7]、漆生線廃止後の時点では2往復が上山田駅以西との直通となって[8]、その状態で全廃を迎えた[6]

駅一覧[編集]

全駅福岡県に所在。接続路線の事業者名、所在地は上山田線廃止時点のもの。当線廃止前の廃止路線は、その廃止時。

駅名 駅間キロ 営業キロ 接続路線・備考 所在地
飯塚駅 - 0.0 九州旅客鉄道筑豊本線 飯塚市
平恒駅 1.5 1.5   嘉穂郡穂波町
(現・飯塚市
臼井駅 5.5 7.0   嘉穂郡碓井町
(現・嘉麻市)
大隈駅 2.6 9.6   嘉穂郡嘉穂町
(現・嘉麻市)
嘉穂信号場 - 10.7 漆生線との運転上の分岐点[* 1]
下山田駅 2.8 12.4 日本国有鉄道漆生線(1986年(昭和61年)4月1日廃止) 山田市
(現・嘉麻市)
上山田駅 2.0 14.4  
熊ヶ畑駅 3.0 17.4  
真崎駅 4.7 22.1   田川郡川崎町
東川崎駅 1.6 23.7  
豊前川崎駅 2.2 25.9 九州旅客鉄道:日田彦山線
  1. ^ 漆生線廃止後は単純に上山田線の閉塞境界としてのみ機能

通票種別:飯塚(楕円)臼井■大隈▲嘉穂■上山田▲豊前川崎

貨物支線
新平恒駅(後の平恒駅) - (貨)平恒駅(初代)

廃止後の状況[編集]

飯塚駅よりしばらくは筑豊本線沿いに上山田線の線路敷跡が草叢して残っている。

筑豊本線の分岐点付近から上山田駅を経て山田川の手前までの廃線跡はほぼ道路となっている。平恒駅跡は道路沿いにホーム跡が残る。臼井駅跡はホーム跡が残っていたが、現在は一部を残して埋められている。大隈駅跡は鉄道公園として腕木式信号などが保存され、往時を偲ばせている。嘉穂信号場跡は近年まで深い藪の中にその建物や廃線跡が残っていたが、並走する福岡県道443号下山田碓井線の拡張工事に伴い建物は取り壊された。建物跡付近から一部路盤が残るが前述の県道と交差する付近からは埋め立てられ、再び県道の一部となる。信号場と下山田駅との間にあった新原トンネルは撤去、開削されているがトンネル跡を示す案内板があり、道路向かいのバス停留所に現役時代の貴重な写真が掲示されている。下山田駅付近は近隣団地の緑地となり、駅跡を示すものはない。上山田駅跡には1999年3月まで西鉄バス(嘉穂交通)の山田支社(車体標記は○山)が置かれていたが、現在は山田生涯学習館・図書館となっており、庭の中に踏切遮断警報機と上山田駅跡を示す説明板が設置されている。

上山田駅以東は廃線跡がよく残っている。熊ヶ畑駅付近では橋梁やレールが残され、1996年から山田市(現在は嘉麻市)主催で線路の保守作業に使われていた軌道自転車で上山田線跡を走る「トロッコフェスタ」が毎年秋に開催されている。熊ヶ畑駅そのものは駅舎も解体され、駅跡を示すものはない。

熊ヶ畑駅から、嘉麻市と川崎町の境にある熊ヶ畑トンネルまでは道路を横断する部分を除いてレールが残っていたが、2004年にこのトンネル内のレールが約1.7kmに亘って盗まれていることが判明し、同年11月19日に被害届が出された。翌2005年2月に2人組の容疑者が捕まっている。この事件をはじめ、トンネルの壁への落書きやトンネル内へのゴミの不法投棄もあったため、現在このトンネル内の線路は撤去され、両方の入り口が柵で封鎖されている。

熊ヶ畑トンネルから真崎駅までは2007年夏に「雪舟ロード」と呼ばれる道路建設工事が完了し、遊歩道及び自転車道として使用されている。

真崎駅跡地は「あまぎふれあい広場・鉄道記念公園」として整備されている。真崎駅 - 東川崎駅 - 豊前川崎駅までは道路になっている。東川崎駅跡には、「国鉄上山田線東川崎駅跡」の石碑が建っている。

上山田線熊ケ畑トンネル(2013年撮影)
上山田駅跡
「雪舟ロード」となった上山田線廃線跡

代替交通[編集]

廃止当初は、西鉄バス(のち嘉穂交通)が、

  • 80 飯塚バスセンター - 飯塚駅 - 天道 - 桂川役場 - 碓井 - 牛隈 - 日吉 - 大橋 - 西鉄上山田
  • 81 飯塚バスセンター - 飯塚駅 - 天道 - 吉隈 - 碓井 - 牛隈 - 日吉 - 山田中央 - 西鉄上山田
  • 82 飯塚バスセンター - 山野 - 漆生 - 牛隈 - 日吉 - 大橋 - 西鉄上山田
  • 83 西鉄上山田 - 熊ヶ畑 - 魚楽園入口 - 湯遊共和国 - 真崎 - 豊前川崎駅 - 奥谷

の4路線を運行し、起点であった飯塚駅には転換交付金によって「飯塚駅バス停」が新設されたが、上山田線廃止のちょうど6年後にあたる1994年8月31日限りで83番系統の廃止および80番系統・81番系統の飯塚駅バス停乗り入れ廃止(同時に飯塚駅バス停も廃止)、80番系統・82番系統の大幅減便を経て、2004年3月31日限りで上山田線のルートをできるだけ忠実に走行していた81番系統の廃止を最後にすべての系統が消滅した。

飯塚 - 平恒間、飯塚 - 碓井第二保育所(旧臼井駅)間、飯塚 - 西牛隈(旧大隈駅)間、飯塚 - 下山田 - 上山田間では西鉄バス筑豊が路線バスを運行している。上山田駅 - 豊前川崎間も西鉄が運行していたが廃止され、代替として山田生涯学習館(旧上山田駅) - 熊ヶ畑間では嘉麻市バス(旧山田市バス)が、真崎 - 東川崎 - 豊前川崎間では川崎町ふれあいバスが運行されている。熊ヶ畑 - 真崎間には現在バス交通はない。

脚注[編集]

  1. ^ 日本国有鉄道電気局『鉄道電報略号』、1937年2月15日、24頁。
  2. ^ a b 「TOPIC PHOTOS」『鉄道ピクトリアル』第38巻第12号、電気車研究会、1988年12月号、 88頁。
  3. ^ a b 『国鉄監修 交通公社の時刻表』1966年3月号 p.237
  4. ^ a b 『国鉄監修 交通公社の時刻表』1968年10月号、p.160
  5. ^ a b 『国鉄監修 交通公社の時刻表』1972年3月号、p.180
  6. ^ a b 『交通公社の時刻表』1988年3月号、p.338
  7. ^ 1984年2月ダイヤ改正時点では1往復が設定されている(『国鉄監修 交通公社の時刻表』1984年1・2月号 p.244、247)。
  8. ^ 『JNR編集時刻表』1987年4月号、弘済出版社、p.299

参考文献[編集]

  • 宮脇俊三(編著)『鉄道廃線跡を歩く』2、日本交通公社出版事業局〈JTBキャンブックス〉、1996年、pp. 140-143。ISBN 4-533-02533-1。
  • 宮脇俊三(編著)『鉄道廃線跡を歩く』6、JTB〈JTBキャンブックス〉、1999年、pp. 4-14。ISBN 4-533-03150-1。
  • 宮脇俊三・原田勝正(編)『九州2800キロ』小学館〈鉄道の旅:全線全駅〉、1982年、pp. 126-127。
  • 宮脇俊三・原田勝正(編)『九州720駅』小学館〈国鉄全線各駅停車〉、1983年、pp. 122-123。