上渚滑駅

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上渚滑駅
上渚滑駅 (16025017086).jpg
かみしょこつ
Kami-Shokotsu
所在地 北海道紋別市上渚滑町三丁目
所属事業者 日本国有鉄道(国鉄)
所属路線 渚滑線
キロ程 16.8km(渚滑起点)
電報略号 カツ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
開業年月日 1923年大正12年)11月5日
廃止年月日 1985年昭和60年)4月1日
備考 渚滑線廃線に伴い廃駅
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1978年の上渚滑駅と周囲約500m範囲。左下が北見滝ノ上方面。相対式ホーム2面2線の他、貨物用の副本線と駅舎横の貨物ホームに引込み線が見える。かつて副本線は複数有していたが、この頃には1本になっているようである。ストックヤードには、まだ疎らに木材が置かれているが、この年に貨物の取扱を廃止している。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

上渚滑駅(かみしょこつえき)は、北海道紋別市上渚滑町三丁目にかつて設置されていた、日本国有鉄道(国鉄)渚滑線廃駅)である。電報略号カツ。渚滑線の廃線に伴い、1985年(昭和60年)4月1日に廃駅となった。

駅構造[編集]

廃止時点で、相対式ホーム2面2線を有する地上駅で、列車交換が可能な交換駅であった。互いのホームは、駅舎側ホーム南側と対向側ホーム南側を結んだ構内踏切で連絡していた[1]。線路西側の駅舎側ホームが上り線、対向側ホームが下り線となっていた。そのほか渚滑方から駅舎側に分岐し、駅舎北側のホーム切欠き部分の貨物ホームへの貨物側線を1本有していた[1]

職員配置駅で、駅舎は構内の西側(北見滝ノ上方面に向かって右側)に位置し、上り線ホーム中央部に接していた[1]

乗降人員も多く、朝の上り通学列車は当駅で増結作業を行っていた[1]。貨物列車は原木が主体で、貨物列車廃止後も駅構内は原木が積み上げられていた[1]

駅名の由来[編集]

当駅が所在した地名より。地名はアイヌ語の「ショーコツ」(滝壺)に由来し、渚滑川の上流域に位置するため「上」を冠していた。

利用状況[編集]

  • 1981年度(昭和56年度)の1日当たりの乗降客数は127人[1]

駅周辺[編集]

上渚滑の市街地が広がる。

歴史[編集]

駅跡[編集]

1997年(平成9年)11月時点では鉄道関連施設は何も残っておらず、旧駅構内は「上渚滑町民センター」となり、構内の一部は「上渚滑交通公園」として整備されている[2]。ホーム、レール踏切警報機付きの踏切を再現して乗車可能な軌道自転車[3]及び腕木式信号機を保存・展示している[2]。但しホーム及びレールは模擬で[4]、現役時代とは方角が違っている[3]

また1986年(昭和61年)頃より[2]、紋別市により「上渚滑鉄道資料館」が「上渚滑交通公園」に隣接したバス待合室に併設されている[2]。館内に駅名標行先標、備品などの渚滑線関連資料が保存・展示されている。1998年(平成10年)時点では公開中であった。

その他[編集]

当駅を着駅とする区間列車が、下り1本(渚滑駅 - 当駅間、休日運休)設定されていた(1985年(昭和60年)3月14日改定の時刻(廃止時の時刻表)[5])。

隣の駅[編集]

日本国有鉄道
渚滑線
中渚滑駅 - <上東仮乗降場> - 上渚滑駅 - <奥東仮乗降場> - 滝ノ下駅

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f 書籍『国鉄全線各駅停車1 北海道690駅』(小学館1983年7月発行)215ページより。
  2. ^ a b c d 書籍『全国保存鉄道III 東日本編』(監修:白川淳、JTBパブリッシング1998年11月発行)55ページより。
  3. ^ a b 書籍『鉄道廃線跡を歩くV』(JTBパブリッシング1998年6月発行)23-24ページより。
  4. ^ 書籍『北海道の鉄道廃線跡』(著:本久公洋、北海道新聞社2011年9月発行)170ページより。
  5. ^ 書籍『廃線終着駅を訊ねる 国鉄・JR編』(著:三宅俊彦JTBパブリッシング2010年4月発行)45ページより。

関連項目[編集]