上砂川支線

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JR logo (hokkaido).svg 函館本線 上砂川支線
概要
現況 廃止
起終点 起点:砂川駅
終点:上砂川駅
駅数 5駅
運営
開業 1918年11月5日 (1918-11-05)(専用線として)
旅客営業開始 1926年8月1日
廃止 1994年5月16日 (1994-5-16)
所有者 三井鉱山
鉄道省運輸通信省運輸省
日本国有鉄道(国鉄)→
北海道旅客鉄道(JR北海道)
運営者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
第一種鉄道事業者
使用車両 使用車両の節を参照
路線諸元
路線総延長 7.3 km (4.5 mi
軌間 1,067 mm (3 ft 6 in)
電化 全線非電化
最急勾配 20
テンプレートを表示
停車場・施設・接続路線
凡例
函館本線
eABZq+l BHFq eABZq+r
0.0 砂川駅
exSTR2 exSTRc3 exSTR2
歌志内線 1891-1988
exSTRc1 exSTR+4
exBHF
3.7 下鶉駅 1959-1994
exBHF
4.5 鶉駅 1948-1994
exBHF
5.8 東鶉駅 1959-1994
exKBHFe
7.3 上砂川駅 1926-1994

上砂川支線(かみすながわしせん)は、北海道砂川市砂川駅空知郡上砂川町上砂川駅を結んでいた北海道旅客鉄道(JR北海道)函館本線の支線の通称である。

路線データ[編集]

概要[編集]

砂川駅の上砂川支線ホームは、かつて多くの側線があった時代の名残で函館本線のホームから離れた場所に位置しており、長い跨線橋で連絡していた。現在は上砂川支線に通じる部分が解体された。

当初は、三井鉱山合名会社が保有する三井砂川炭鉱からの石炭輸送を行うために、三井側が土地を鉄道院へ寄付し、なおかつ三井側の資金により鉄道院が敷設した国鉄所属の専用線であり[1]、1917年(大正6年)7月に鉄道院よりこの条件で敷設許可された。1926年(大正15年)に旅客扱いを始めるにあたり函館本線に組み込まれた。

国鉄再建法に基づく特定地方交通線の指定が進められた際、上砂川支線は「函館本線の一部」として、函館本線と一体として輸送密度が計算されたため、特定地方交通線はおろか地方交通線にも指定されず、幹線として存置された。なお、当時の三井砂川炭鉱の出炭量は年間約100万トン[2]であり、上砂川支線単独では、貨物輸送密度も幹線の条件(貨物輸送密度が4,000 t以上である線)にも該当していない。

国鉄分割民営化に伴い、JR北海道へ承継されたが、炭鉱の閉山による貨物輸送廃止・沿線人口の減少に伴う旅客減少の影響もあり、廃線となった。JR北海道発足以来初の「幹線」廃止となった。廃止前から、北海道中央バスが既に並行して多くの路線バス歌志内線・上砂川線)を運行していたため、代替交通機関は設定されなかった。

当支線は歌志内線とほぼ平行しており、近いところでは1km程度の距離しか離れていなかった。同じ駅を起点とし、近い地点を経由し、運炭路線という似た性格を有しながら、当支線は歌志内線に比べ旅客・貨物の輸送量はともに少なかった。しかし函館本線の支線であったゆえ当支線が存続した一方、歌志内線は独立した線名を有していたため廃止対象路線となった。これは、特定地方交通線の硬直性を示す一例として知られている。

運行概要[編集]

1959年5月1日の運行本数は19往復

1986年11月1日改正時の旅客列車

  • 運行本数:日6往復(6、7、14、16、18、20時台に運転)
  • 所要時間:全線下り16分、上り13分
    末期の上砂川行始発列車は下鶉、東鶉を通過していた。

使用車両[編集]

民営化後[編集]

しばらくの間、朝ラッシュ時にはキハ56形+キハ27形の2両編成、それ以降はキハ54形500番台を使用。後にキハ54形がキハ40形100番台に置き換えられた。ワンマン化以降はキハ22形700番台が使用され、末期はキハ40形700番台が使用された。なお、ワンマン化後の車両は、キハ22形700番台は苫小牧運転所の所属、キハ40形700番台は旭川運転所の所属である。

歴史[編集]

駅一覧[編集]

所在地は廃止時点のもの。全駅北海道空知支庁管内)に所在。

駅名 駅間キロ 営業キロ 接続路線 所在地
砂川駅 - 0.0 北海道旅客鉄道:函館本線 砂川市
下鶉駅 3.7 3.7   空知郡上砂川町
鶉駅 0.8 4.5  
東鶉駅 1.3 5.8  
上砂川駅 1.5 7.3  

過去の接続路線[編集]

上砂川線廃止以前に廃止されていたもの。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 専用線名(通称)は『北海道鉄道百年史 中巻』より参照[3]。日付は『新上砂川町史』より参照[4]
  2. ^ 『大正12年版 全国専用線一覧』に「三井鑛山側線5哩以下及び砂利線1哩以下、運用は鉄道省機関車。」とあり、砂川駅の側線扱いだった。

出典[編集]

参考文献[編集]

書籍[編集]

  • 石野哲(編集長) 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』 JTBパブリッシング1998年9月19日。ISBN 4-533-02980-9。ISBN 978-4-533-02980-6。
  • 田中和夫(監修) 『写真で見る北海道の鉄道』上巻 国鉄・JR線、北海道新聞社(編集)、2002年7月15日、212-219頁・311-319頁。ISBN 4-89453-220-4。ISBN 978-4-89453-220-5。
  • 今尾恵介(監修) 『日本鉄道旅行地図帳―全線・全駅・全廃線―』1号・北海道、新潮社〈新潮「旅」ムック〉、2008年5月17日。ISBN 4-10-790019-3。ISBN 978-4-10-790019-7。

雑誌[編集]

  • 日本国有鉄道北海道総局『北海道鉄道百年史』中、鉄道弘済会北海道支部、1980年10月31日、 161頁。
  • 鉄道ジャーナル』第21巻第7号(通巻247号)、鉄道ジャーナル社、1987年6月、 103頁。
  • 上砂川町史編纂委員会『新上砂川町史』、上砂川町1988年3月、 213頁・633-635頁・1521頁。
  • 鉄道ファン』第35巻第8号(通巻412号)、交友社1995年8月1日、 63頁。

関連項目[編集]

  • 廃線
  • 駅 STATION - 1981年公開の映画。当支線で吉松五郎が逮捕されるシーンを撮影。
  • 昨日、悲別で - 1984年放送のテレビドラマ。「悲別駅」として当支線の上砂川駅でロケ撮影が行われた。