上興部駅

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上興部駅
上興部鉄道資料館(旧上興部駅舎、2014年9月)
上興部鉄道資料館(旧上興部駅舎、2014年9月)
かみおこっぺ
Kami-Okoppe
一ノ橋 (11.0km)
(6.3km) 西興部
所在地 北海道紋別郡西興部村字上興部
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 名寄本線
キロ程 38.9km(名寄起点)
電報略号 カコ
駅構造 地上駅
ホーム 2面3線
開業年月日 1920年大正9年)10月25日
廃止年月日 1989年平成元年)5月1日
備考 名寄本線廃線に伴い廃駅
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上興部駅に停車中の列車(1973年)
1978年の上興部駅と周囲約500m範囲。右が紋別方面。国鉄型配線の2面3線で、駅横の貨物積卸場へ引込み線、駅裏側に2本の副線とそこより紋別側に伸びる貨物の留置線がやはり2本ある。副線から上へ向かって分岐しているのは、上興部石灰砿業所の専用線。また駅裏名寄側には一ノ橋駅間にある天北峠越えの補機用機関車の待機線が残っていて、給水塔や転車台と共に蒸気機関車が放置されている様に見える。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成
上興部駅駅舎(ホーム側より撮影)(1989年3月)

上興部駅(かみおこっぺえき)は、北海道網走支庁紋別郡西興部村字上興部にあった北海道旅客鉄道(JR北海道)名寄本線廃駅)である。電報略号カコ。名寄本線の廃線に伴い1989年(平成元年)5月1日に廃駅となった。

歴史[編集]

  • 1920年(大正9年)10月25日 - 鉄道省名寄線下川駅 - 当駅間延伸開通に伴い開業。一般駅
  • 1921年(大正10年)
    • 3月25日 - 線路名を名寄西線に改称、それに伴い同線の駅となる。
    • 10月5日 - 当駅 - 興部駅間延伸開通に伴い中間駅となる。線路全通に伴い線路名を名寄線に改称、それに伴い同線の駅となる。名寄機関庫上興部分庫設置。
  • 1923年(大正12年)11月5日 - 線路名を名寄本線に改称、それに伴い同線の駅となる。
  • 1929年(昭和4年)11月14日 - 名寄機関庫上興部分庫廃止。
  • 1935年(昭和10年)4月 - 北海道庁直営の上興部石灰鉱業所操業開始に伴い、専用線運用開始[1]
  • 1949年(昭和24年)6月1日 - 公共企業体である日本国有鉄道に移管。
  • 1978年(昭和53年)12月1日 - 貨物取扱を専用線発着車扱貨物に限定。
  • 1982年(昭和57年)11月15日 - 貨物取扱い廃止。
  • 1984年(昭和59年)2月1日 - 荷物取扱い廃止。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化によりJR北海道に継承。
  • 1989年(平成元年)5月1日 - 名寄本線の廃線に伴い廃止となる。廃止当日まで、ここを終着とする名寄発の列車が運転されていた。

駅構造[編集]

廃止時点で、単式ホーム島式ホーム複合型2面3線を有する地上駅で、列車交換可能な交換駅であった[2]。互いのホームは駅舎側ホーム中央部分と島式ホーム東側を結んだ構内踏切で連絡した。駅舎側単式ホーム(南側)が上りの1番線、待合所が設置された[3]島式ホーム駅舎側が下り及び当駅折り返し用の2番線、島式ホームの外側が下り貨物列車専用の副本線である3番線となっていた[2]。そのほか1983年(昭和58年)時点では、1番線の名寄方から分岐し駅舎西側のホーム切欠き部分の貨物ホームへの貨物側線を1線、3番線の外側に貨物用であった側線を2線、及びそこから分岐する行き止まりの側線を多数有していた[2]

職員配置駅となっており、駅舎は構内の南側に位置し上り線ホーム中央部分に接していた[2]

「わたしの旅スタンプ」が設置されていた[2]

駅名の由来[編集]

当駅の所在する地名より。地名は、興部川の上流に位置したため[4]、「興部」に「上」を冠する。

利用状況[編集]

  • 1981年度(昭和56年度)の1日乗降客数は87人[2]

駅周辺[編集]

駅跡[編集]

旧駅構内は1994年(平成6年)5月1日から西興部村により「上興部鉄道記念館」として整備されている[6]。開業当時からの木造駅舎を現役当時のままに保存すると共に自由に見学出来る[7]鉄道資料館とし、舎内には備品、蒸気機関車の動輪、軌道自転車、駅銘板、制服などが保存・展示され[6]、専用鉄道の歴史も伝えられている[7]レールとホームも保存され(但し2面3線から2面2線になっている)、旧2番線上に横付けする形でキハ27形気動車キハ27 109DD14形除雪車DD14 302号機ロータリー式除雪機構部が連結された状態で静態保存・展示されている[6]。また腕木式信号機[6]踏切警報機[7]も設置されている。2010年(平成22年)時点[8]、2011年(平成23年)時点でも同様で、ホームには本物の駅名標も保存されていた[9]

脚注[編集]

  1. ^ 北海道農材工業社史「北海道の土地改良と農材十五年の歩み」昭和41年6月発行より。道庁は昭和16年に北海道農材工業の前身である北海道興農公社へ経営を委託した。昭和26年版-45年版全国専用線一覧にて 総延長1.3~1.5km。
  2. ^ a b c d e f 書籍『国鉄全線各駅停車1 北海道690駅』(小学館1983年7月発行)208ページより。
  3. ^ 書籍『追憶の鉄路 北海道廃止ローカル線写真集』(著:工藤裕之、北海道新聞社2011年12月発行)72ページより。
  4. ^ 書籍『北海道の駅878ものがたり 駅名のルーツ探究』(監修:太田幸夫、富士コンテム、2004年2月発行)185-186ページより。
  5. ^ a b c 書籍『北海道道路地図 改訂版』(地勢堂、1980年3月発行)18ページより。
  6. ^ a b c d 書籍『全国保存鉄道III 東日本編』(監修:白川淳、JTBパブリッシング1998年11月発行)50ページより。
  7. ^ a b c 書籍『鉄道廃線跡を歩くVII』(JTBパブリッシング2000年1月発行)39-40ページより。
  8. ^ 書籍『新 鉄道廃線跡を歩く1 北海道・北東北編』(JTBパブリッシング2010年4月発行)34ページより。
  9. ^ 書籍『北海道の鉄道廃線跡』(著:本久公洋、北海道新聞社2011年9月発行)116ページより。

隣の駅[編集]

北海道旅客鉄道
名寄本線
一ノ橋駅 - 上興部駅 - 西興部駅

関連項目[編集]