下北沢オデヲン座

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下北沢オデヲン座
Shimokitazawa Odeon
種類 事業場
市場情報 消滅
略称 下北オデヲン
本社所在地 日本の旗 日本
155-0031
東京都世田谷区北沢一丁目46番5号
設立 1952年5月
業種 サービス業
事業内容 映画の興行
代表者 高橋康友
主要株主 東亜興行
関係する人物 高橋康友
外部リンク toakogyo.com
特記事項:略歴
1987年 閉館
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下北沢オデヲン座(しもきたざわオデオンざ)は、かつて存在した日本の映画館である[1][2][3][4][5]。当初の館名は北沢オデヲン映画劇場(きたざわオデオンえいがげきじょう)であった[6][7]東亜興行が、東京の新宿歌舞伎町に進出した半年後の1952年(昭和27年)5月、同じく世田谷下北沢に開館した[3]

沿革[編集]

  • 1952年5月 - 下北沢北沢オデヲン映画劇場として開館[3]
  • 1987年 - 閉館・取壊[2]
  • 1988年4月 - 跡地に下北沢オデヲンビル完成、フィットネス下北沢(現在のセントラルフィットネスクラブ下北沢)開業[3]

データ[編集]

概要[編集]

1953年(昭和28年)5月に発行された『下北沢オデヲン座 Movie Weekly』の表紙。

1952年(昭和27年)5月、小田急電鉄小田原線および京王帝都電鉄(現在の京王電鉄井の頭線下北沢駅の北側、東北沢4号踏切の東脇、世田谷区北沢四丁目307番地(現在の北沢一丁目46番5号)に開館した[3][4]。当初の館名は北沢オデヲン映画劇場であったが[6]、1953年(昭和28年)5月までには「下北沢オデヲン座」に改称している[注釈 1]。1949年(昭和24年)8月、阿佐ケ谷駅北口に「阿佐谷オデヲン座」を開館して創業した高橋康友の東亜興行株式会社が、前月に開館した「荏原オデヲン座」についで5館目に開業した映画館である[1][3]

同館は開業当時から外国映画(洋画)の三番館、つまりロードショーを終えた作品をその2週後に上映する劇場で、たとえば開業翌年(1953年)5月には、同年5月1日に日本で公開された『栄光何するものぞ』(監督ジョン・フォード[8]、戦前に日本で公開されたものの再映作品『ガンガ・ディン英語版』(監督ジョージ・スティーヴンス[9]が二本立てで上映されている[注釈 1]。1957年(昭和32年)には末期の新東宝の作品等も上映しており、中野重治は、同年4月29日に初回公開された『明治天皇と日露大戦争』(監督渡辺邦男)を同館で観た旨、エッセイ『「明治天皇」と「マリュートカ」』に書いている[10]

同館が建つ前、とくに第二次世界大戦前の下北沢には映画館は皆無であり、世田谷区内においても、1925年(大正14年)に開業した駒澤電氣館しか存在せず[11][12]、同館は前年の休館を経て1943年(昭和18年)には三軒茶屋映画劇場(三軒茶屋映劇)に改称している[13]。戦後は、下北沢の駅周辺に、同館のほかに北沢エトアール劇場(北沢三丁目1047番地、現在の北沢二丁目20番17号)、グリーン座(北沢三丁目975番地、現在の北沢二丁目25番21号)が、1954年(昭和29年)までのほぼ同時期にできている[5][6][14]。その後、1958年(昭和33年)ころに下北沢映画劇場(現在の北沢二丁目31番10号)が開館した[5][15]。北沢エトアール劇場は1969年(昭和44年)に火事で全焼した[16]

1970年代後半からは成人映画館として営業を続けたが、1987年(昭和62年)、閉館し、取壊した。東亜興行は、1988年(昭和63年)4月、跡地に下北沢オデヲンビルを新築、フィットネス下北沢を開業して直営(経営トーア・スポーツ株式会社)[17]、のちにセントラルスポーツに業務委託し、トーアセントラルフィットネスクラブ阿佐谷となり、現在はセントラルスポーツが同ビルに入居するセントラルフィットネスクラブ阿佐谷である[3][18]

現存する商店街「下北沢東会」は、「オデオン座通り商店街」と「互和会」が合併したものであり、商店街に名を残さなかった[19]。1998年(平成10年)に開館した「シネマ下北沢」は、経営を変えて「下北沢シネマアートン」になった後、2008年(平成20年)6月6日に閉館し[20]、2013年(平成25年)現在、下北沢地区の映画館は、下北沢トリウッドのみである[21]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ a b File:Shimokitazawa_Odeon_May_1953.jpg、下北沢オデヲン座

出典[編集]

  1. ^ a b キネ旬[2010], p.52, 56-59.
  2. ^ a b c d 名簿[1987], p.97.
  3. ^ a b c d e f g h 会社概要東亜興行、2013年7月30日閲覧。
  4. ^ a b 下北沢、昭和毎日、毎日新聞、2013年7月30日閲覧。
  5. ^ a b c 昭和32年の映画館 東京都 573館、中原行夫の部屋(原典『キネマ旬報』)、2013年7月30日閲覧。
  6. ^ a b c d 東京航空写真地図 第3集国立国会図書館、2013年7月30日閲覧。
  7. ^ 総覧[1954], p.17.
  8. ^ 栄光何するものぞ - KINENOTE、2013年7月30日閲覧。
  9. ^ ガンガ・ディン - allcinema、2013年7月30日閲覧。
  10. ^ 中野[1998], p.72-80.
  11. ^ 総覧[1930], p.557.
  12. ^ 年鑑[1942], p.10-36.
  13. ^ 年鑑[1943], p.454.
  14. ^ 総覧[1954], p.8.
  15. ^ 便覧[1959], p.17.
  16. ^ 年鑑[1970], p.1.
  17. ^ 年鑑[1996], p.26.
  18. ^ セントラルフィットネスクラブ阿佐谷セントラルスポーツ、2013年7月30日閲覧。
  19. ^ 下北沢東会、世田谷区商店街連合会、2013年7月30日閲覧。
  20. ^ シネマ下北沢、港町キネマ通り、2013年7月30日閲覧。
  21. ^ トリウッド Archived 2010年8月27日, at the Wayback Machine.、公式ウェブサイト、2013年7月30日閲覧。

参考文献[編集]

  • 『日本映画事業総覧 昭和五年版』、国際映画通信社、1930年発行
  • 『映画年鑑 昭和十七年版』、日本映画協会、1942年発行
  • 『映画年鑑 昭和十八年版』、日本映画協会、1943年発行
  • 『全国映画館総覧 1954』、時事映画通信社、1954年
  • 『映画便覧 1958』、時事映画通信社、1958年
  • 『映画年鑑 1970』、時事映画通信社、1970年
  • 『映画年鑑 1987 別冊 映画館名簿』、時事映画通信社、1987年
  • 『映画年鑑 1996』、時事映画通信社、1996年
  • 『中野重治全集 藝術雑感・本とつきあう法・わが読書案内』、中野重治筑摩書房、1998年4月 ISBN 4480720456
  • 『映画館のある風景 昭和30年代盛り場風土記・関東篇』、キネマ旬報社、2010年3月26日 ISBN 4873763258

関連項目[編集]