下哲

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下 哲 Portal:陸上競技
選手情報
フルネーム しも さとし
ラテン文字 Satoshi Shimo
国籍 日本の旗 日本
競技 陸上競技 (跳躍)
種目 三段跳
所属 大昭和製紙 (現役時代)
大学 早稲田大学
生年月日 (1941-09-22) 1941年9月22日
出身地 福岡県
没年月日 2003年????
身長 174cm (20歳当時)
体重 63kg (20歳当時)
成績
地域大会決勝 アジア競技大会
三段跳 2位 (1966年)
国内大会決勝 日本陸上競技選手権大会
三段跳 優勝 (1961年)
自己ベスト
三段跳 16m36 (1967年)
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下 哲(しも さとし、1941年9月22日2003年)は、福岡県出身の元陸上競技選手。専門は三段跳。元日本学生記録保持者。1963年ユニバーシアードの金メダリスト。現在、主要世界大会の三段跳で金メダルを獲得した最後の日本人となっている。

経歴[編集]

福岡県に生まれるが、父親の移住で大阪に移った。

高校は近畿大学附属高等学校に進学。2年時の1958年には全国高等学校陸上競技対校選手権大会で5位入賞を果たした。翌年の1959年には第14回国民体育大会(高校生の部)を14m83で制したほか、第12回全国高校東西対抗陸上競技大会では同年度高校ランク1位の記録となる15m04をマークし、同年度の全国高等学校陸上競技対校選手権大会チャンピオン(井上大作)を破って優勝している。

大学は早稲田大学に進学。2年時の1961年には第30回日本学生陸上競技対校選手権大会で優勝、第45回日本陸上競技選手権大会を当時日本学生記録の15m92で制するなど活躍し、ソフィアで開催された第2回ユニバーシアードでは4位とメダルに迫った。3年時の1962年には第25回東京陸上競技選手権大会で当時日本学生記録の16m00をマークし、日本人5人目の16mジャンパーとなった。なお、この時は大学の先輩である桜井孝治も16m超えの16m12をマークしたため、日本人2人が同時に16m超えをマークした史上初の大会となった。4年時の1963年にはユニバーシアード代表選考会で当時日本歴代3位・当時日本学生記録の16m16をマークすると、ポルト・アレグレで開催された第3回ユニバーシアードを15m99で制し、初の世界一に輝いた。妻のみちるによれば、下にとってこの時の優勝が一番嬉しかった思い出なのだという。なお、主要世界大会(オリンピックユースオリンピック世界陸上競技選手権大会世界室内陸上競技選手権大会世界ジュニア陸上競技選手権大会世界ユース陸上競技選手権大会ユニバーシアード)三段跳の日本人チャンピオンは下を最後に誕生していない[1]

大学卒業後は大昭和製紙に入社。1年目の1964年には東京オリンピック日本代表を目指して日本陸上競技選手権大会に出場するも、大会前に脚の肉離れを起こした影響で代表の座を逃した。1966年には妻のみちると共に出場した第5回アジア競技大会で銀メダルを獲得。1967年には当時日本歴代3位の16m36をマークしたが、翌年のメキシコシティオリンピックに出場することは叶わなかった。

大昭和製紙を退社後は日本陸上競技連盟に務めたが、のため2003年にこの世を去った。

家族[編集]

妻のみちる(旧姓:倉持)は走幅跳を専門にしていた元陸上競技選手。1966年アジア競技大会で4位の実績を持つ。自己ベストは1966年にマークした当時日本歴代6位の6m03。

息子のも走幅跳を専門にしていた元陸上競技選手。1991年の日本陸上競技選手権大会を当時日本タイ記録・現ジュニア日本記録の8m10で制し、同年に東京で開催された世界陸上競技選手権大会に出場した実績を持つ。

主要大会成績[編集]

国際大会[編集]

大会 場所 種目 結果 記録 備考
1961 第2回ユニバーシアード (en ブルガリアの旗 ソフィア 三段跳 4位 15m58
1963 第3回ユニバーシアード (en ブラジルの旗 ポルト・アレグレ 三段跳 優勝 15m99
1965 第4回ユニバーシアード (en ハンガリーの旗 ブダペスト 三段跳 10位 15m34
1966 第5回アジア競技大会 (en タイ王国の旗 バンコク 三段跳 2位 15m54
『日本陸上競技連盟七十年史』参照[2]

日本陸上競技選手権大会[編集]

  • 6位以内の成績を収めた大会を記載
大会 種目 結果 記録 備考
1961 第45回日本陸上競技選手権大会 三段跳 優勝 15m92 当時日本学生記録
1962 第46回日本陸上競技選手権大会 三段跳 2位 15m32
1964 第48回日本陸上競技選手権大会 三段跳 4位 15m61
1965 第49回日本陸上競技選手権大会 三段跳 5位 15m10
1966 第50回日本陸上競技選手権大会 三段跳 2位 15m24
1967 第51回日本陸上競技選手権大会 三段跳 5位 15m35
1968 第52回日本陸上競技選手権大会 三段跳 4位 15m32
『日本陸上競技連盟七十年史』参照[3]

獲得タイトル[編集]

  • 優勝した主要大会を記載(主要国際大会と日本陸上競技選手権大会を除く)
大会 種目 記録 備考
1959 第14回国民体育大会(高校生の部) 三段跳 14m83
1961 第30回日本学生陸上競技対校選手権大会 三段跳 15m73
1962 第31回日本学生陸上競技対校選手権大会 三段跳 15m35
第2回実業団・学生対抗陸上競技大会 三段跳 15m67
1963 第32回日本学生陸上競技対校選手権大会 三段跳 15m67
1964 第17回全国勤労者陸上競技大会 三段跳 16m04
1966 第1回ニッカンナイター陸上 三段跳 15m79
『日本陸上競技連盟七十年史』参照[4]

日本ランキング[編集]

  • 10位以内に入った記録を記載
種目 ランク 記録 所属
1960 三段跳 8位 15m46 早稲田大学
1961 三段跳 3位 15m92 早稲田大学
1962 三段跳 3位 16m00 早稲田大学
1963 三段跳 2位 16m16 早稲田大学
1964 三段跳 6位 15m99 大昭和製紙
1965 三段跳 5位 15m66 大昭和製紙
1966 三段跳 3位 15m79 大昭和製紙
1967 三段跳 1位 16m36 大昭和製紙
1968 三段跳 2位 16m22 大昭和製紙
『日本陸上競技連盟七十年史』参照[5]

主要世界大会三段跳の日本人金メダリスト[編集]

大会 場所 選手 記録
1928 オリンピック オランダの旗 アムステルダム 織田幹雄 15m21
1932 オリンピック アメリカ合衆国の旗 ロサンゼルス 南部忠平 15m72
1936 オリンピック ナチス・ドイツの旗 ベルリン 田島直人 16m00
1963 ユニバーシアード ブラジルの旗 ポルト・アレグレ 下哲 15m99
国際陸上競技連盟参照[1]

脚注[編集]

  1. ^ a b World Championships Beijing 2015 Athletics Statistics Handbook / RESULTS FROM PAST MAJOR CHAMPIONSHIPS(81-490ページ参照) (PDF, 70.89 MB) 国際陸上競技連盟 2018年01月16日閲覧
  2. ^ 日本陸上競技連盟七十年史編集委員会「競技会記録 / 国際競技会」、『日本陸上競技連盟七十年史』、ベースボール・マガジン社、1995年9月4日発行、 1061-1123頁。
  3. ^ 日本陸上競技連盟七十年史編集委員会「競技会記録 / 日本選手権大会」、『日本陸上競技連盟七十年史』、ベースボール・マガジン社、1995年9月4日発行、 869-946頁。
  4. ^ 日本陸上競技連盟七十年史編集委員会「競技会記録 / 主要国内競技会」、『日本陸上競技連盟七十年史』、ベースボール・マガジン社、1995年9月4日発行、 947-1060頁。
  5. ^ 日本陸上競技連盟七十年史編集委員会「年度別日本10傑」、『日本陸上競技連盟七十年史』、ベースボール・マガジン社、1995年9月4日発行、 739-868頁。

参考文献[編集]

  • 力武敏昌「陸上つわもの列伝」、『月刊陸上競技』51巻10号、講談社、2017年9月号、259頁。
  • 下哲 - All-Athletics.comのプロフィール(英語)
記録
先代:
柴田宏
(15m86)
1959年10月24日
男子三段跳
日本学生記録保持者
(15m92 - 16m16)

1961年7月2日 - 1967年7月16日
次代:
村木征人
(16m34)
1967年7月16日
功績
3人目:
田島直人
1936年オリンピック
主要世界大会三段跳
日本人金メダリスト

1963年ユニバーシアード
5人目:
未定