下奥井駅

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下奥井駅
ShimookuiSt3.jpg
駅外観(2006年9月24日撮影)
しもおくい
Shimookui
C29 奥田中学校前 (0.9km)
所在地 富山県富山市下奥井
駅番号 C30
所属事業者 富山地方鉄道
所属路線 富山港線
キロ程 2.1km(富山駅起点)
電報略号 シク(転換前)
駅構造 地上駅
ホーム 2面1線
開業年月日 1927年昭和2年)6月1日
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下奥井駅(しもおくいえき)は、富山県富山市下奥井2丁目1番地にある、富山地方鉄道富山港線である。駅番号C30

歴史[編集]

駅構造[編集]

LRT化後[編集]

千鳥式ホーム2面1線の地上駅であり、下奥井踏切を挟んで上下ホームがある[15]

ホームは低床ホームとなっており、旅客上屋等の設備が設けられている[16]。LRT化後の富山港線の各駅及び各停留場においては、各電停の旅客上屋壁面を「個性化壁」と称して駅周辺の文化や歴史を伝える意匠を施しているが、当駅においては山口久美子がデザインを手がけ、当駅旧駅舎がモチーフとなったイメージグラフィックが掲出されている[17]。当駅における個性化壁の協賛企業は、富山化学工業である[17]

花壇が設置されており、近隣住民や富山県立富山聴覚総合支援学校の生徒、富山化学工業の社員等によって整備されている[18][19]

1 富山港線 岩瀬浜方面
2 富山港線 富山駅方面

普通鉄道当時[編集]

単式ホーム1面1線をもつ地上駅であった[20]。かつては列車同士の行き違いが可能であり、相対式ホーム2面2線の構造を有していたが、撤去された[20][21]

貨物取扱[編集]

1975年(昭和50年)9月6日撮影の当駅周辺航空写真

当駅における貨物取扱は、1982年(昭和57年)11月15日に廃止された[11]。廃止時には専用線発着車扱貨物に限定されており[10]、全盛期の1970年(昭和45年)度においては発着合計3万4821トンであったが、1981年(昭和56年)度には6295トンまで減少していた[22]。廃止後の貨物は富山駅か富山港駅で取扱うこととされた[22]

1953年(昭和28年)10月10日付『鉄道公報』第1254号通報専用線一覧別表掲載中、当駅接続の専用線は次の通りであった[23]

  • 道益産業線(第三者使用:日本通運、動力:手押、作業粁程:0.2粁)

1970年(昭和45年)10月1日現在における当駅接続の専用線は以下の通りであった。

  • 大谷製鉄線(通運事業者等:日本通運及び富山通運、動力:私有機関車、作業粁程:0.3粁、総延長粁程:0.4粁)
  • 富山化学工業線(通運事業者等:富山通運、動力:手押、作業粁程:0.2粁、総延長粁程:0.3粁)

利用状況[編集]

『富山県統計年鑑』によると、当駅における各年度の一日平均乗車人員は以下の通りであった[24]

年度 一日平均
乗車人員
2005年(平成17年) 209
2004年(平成16年) 198
2003年(平成15年) 196
2002年(平成14年) 219
2001年(平成13年) 296
2000年(平成12年) 296
1999年(平成11年) 336
1998年(平成10年) 371
1997年(平成9年) 414

駅周辺[編集]

隣の駅[編集]

富山地方鉄道
富山港線
奥田中学校前駅 (C29) - 下奥井駅 (C30) - 粟島(大阪屋ショップ前)駅 (C31)

かつて存在した路線[編集]

西日本旅客鉄道
富山港線(旧線)
富山口駅 - 下奥井駅 - 越中中島駅

脚注[編集]

  1. ^ 鉄道省編、『昭和九年十二月十五日現在 停車場一覧』(261頁)、1935年(昭和10年)3月、川口印刷所出版部
  2. ^ a b 石野哲、『停車場変遷大事典 国鉄・JR編II』(162頁)、1998年(平成10年)10月、JTB。ただし、同書に一般駅とあるにも拘らず、開業当初は旅客のみ取扱とした点は『ありがとう富山港線、こんにちはポートラム』(37頁)に従う。
  3. ^ 「ありがとう富山港線、こんにちはポートラム」編集委員会編、『ありがとう富山港線、こんにちはポートラム』(37頁)、2006年(平成18年)5月、TC出版
  4. ^ a b c 今尾恵介監修、『日本鉄道旅行地図帳 全線・全駅・全廃線 6号』(35頁)、2008年(平成20年)10月、新潮社
  5. ^ 今尾恵介監修、『日本鉄道旅行地図帳 全線・全駅・全廃線 6号』(35頁)、2008年(平成20年)10月、新潮社
  6. ^ a b 昭和18年鉄道省告示第119号(『官報』、1943年(昭和18年)5月25日、大蔵省印刷局)
  7. ^ 昭和21年運輸省告示第192号(『官報』、1946年(昭和21年)7月1日、大蔵省印刷局)
  8. ^ 昭和44年日本国有鉄道公示第309号(『官報』、1969年(昭和44年)10月1日、大蔵省印刷局)
  9. ^ 昭和47年日本国有鉄道公示第261号(『官報』、1972年(昭和47年)10月2日、大蔵省印刷局)
  10. ^ a b 昭和49年日本国有鉄道公示第208号(『官報』、1974年(昭和49年)9月12日、大蔵省印刷局)
  11. ^ a b 昭和57年日本国有鉄道公示第168号(『官報』、1982年(昭和57年)11月13日、大蔵省印刷局)
  12. ^ 昭和59年日本国有鉄道公示第174号(『官報』、1984年(昭和59年)1月30日、大蔵省印刷局)
  13. ^ “富山ライトレール、2月22日に富山地鉄が吸収合併”. 日本経済新聞. (2020年2月21日). オリジナルの2020年2月22日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20200222034302/https://r.nikkei.com/article/DGXMZO55944650R20C20A2LB0000 2020年2月22日閲覧。 
  14. ^ “富山駅南・北の路面電車 20年3月21日に接続 運賃210円”. 日本経済新聞. (2019年10月1日). オリジナルの2019年10月5日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20191005002058/https://r.nikkei.com/article/DGXMZO50447440R01C19A0LB0000 2020年2月20日閲覧。 
  15. ^ 川島令三編、『中部ライン 全線・全駅・全配線第7巻 富山・糸魚川・黒部エリア』(18及び85頁)、2010年(平成22年)10月、講談社
  16. ^ 室哲雄、「日本初の本格的なLRTの導入・その成果と今後の展開――富山県富山市――」、『IATSS review』第34巻2号所収、2009年(平成21年)8月、国際交通安全学会
  17. ^ a b 富山市監修・富山ライトレール記録誌編集委員会編、『富山ライトレールの誕生 日本的本格的LRTによるコンパクトなまちづくり』(86頁)、2007年(平成19年)9月、富山市
  18. ^ キバナコスモス見ごろ 富山ライトレール下奥井駅 - 2010年(平成22年)8月17日、北日本新聞社
  19. ^ 住民ら球根掘り ライトレール下奥井駅 - 2017年(平成29年)6月16日、北日本新聞社
  20. ^ a b 相賀徹夫、『国鉄全線各駅停車7 北陸・山陰510駅』(172頁)、1984年(昭和59年)1月、小学館
  21. ^ 志村隆編、『JR全線・全駅舎 西日本編(JR東海・JR西日本・JR四国・JR九州』(103頁)、2004年(平成16年)4月、学習研究社
  22. ^ a b 「富山港線の下奥井、蓮町駅 貨物取扱を廃止 来月15日から」、『北日本新聞』(20面)、1982年(昭和57年)10月29日、北日本新聞社
  23. ^ 名取紀之・瀧澤隆久編、『RM POCKET 11 トワイライトゾ~ン・マニュアルⅣ』、1995年(平成7年)10月、ネコ・パブリッシング
  24. ^ 統計年鑑 - 富山県
  25. ^ 富山県立富山ろう学校「平成21年度学校要覧

参考文献[編集]

  • 「ありがとう富山港線、こんにちはポートラム」編集委員会編 『ありがとう富山港線、こんにちはポートラム』 TC出版プロジェクト、2006年、ISBN 4-916181-21-2、32-34頁、61-62頁。

関連項目[編集]