下山敏郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
しもやま としろう
下山 敏郎
生誕 (1924-05-04) 1924年5月4日
日本の旗 日本 新潟県
死没 (2013-06-30) 2013年6月30日(満89歳没)
日本の旗 日本 東京都
出身校 東京大学
職業 実業家、経営者

下山 敏郎(しもやま としろう、1924年5月4日 - 2013年6月30日)は、日本実業家。光学機器メーカー、オリンパス光学工業の社長、会長を歴任した。同台経済懇話会副代表幹事。新しい歴史教科書をつくる会賛同者[要出典]

1984年昭和59年)に北村茂男の後を受けて社長に就任。2001年平成13年)に取締役最高顧問となり、2004年平成16年)退任。2011年平成23年)のオリンパスM&A疑惑問題では社長在任中に損失隠しがあった可能性が指摘されたが、自分には記憶がない、もしあったとすれば財務部門が行なったのではないか、と語っている[1]。2013年6月30日、オリンパスから損害賠償請求訴訟中に、肺炎による呼吸不全のため東京都内の病院で死去[2]

主な著書[編集]

  • 『国境のない国から - ビジネス・コスモポリタンの思索ノート』工作舎2004年。 ISBN 978-4875023791
  • 『世界を制覇した日本のカメラ 奮闘したサムライたちの記録」自由社2007年。 ISBN 978-4-915-237-00-3

脚注[編集]

関連項目[編集]