下平隆宏

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下平 隆宏 Football pictogram.svg
名前
愛称 シモさん
カタカナ シモタイラ タカヒロ
ラテン文字 SHIMOTAIRA Takahiro
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1971-12-18) 1971年12月18日(47歳)
出身地 青森県三戸郡五戸町[1]
身長 175cm[2]
体重 73kg[2]
選手情報
ポジション MF[2]
利き足
ユース
1987-1989 青森県立五戸高校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1990-1992 日立製作所 41 (1)
1993-2000 柏レイソル 203 (7)
2001-2002 FC東京 39 (0)
2003-2004 柏レイソル 33 (0)
代表歴
1997 日本の旗 日本 0 (0)
監督歴
2010-2015 柏レイソルU-18
2016-2018 柏レイソル
2019- 横浜FC
1. 国内リーグ戦に限る。2008年12月8日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説■サッカー選手pj

下平 隆宏(しもたいら たかひろ、1971年12月18日 - )は、青森県三戸郡五戸町出身の元サッカー選手。現役時代のポジションは主にミッドフィールダー(MF)。

来歴[編集]

兄の影響でサッカーを始める[3]青森県立五戸高等学校では中盤の攻撃的プレイヤーで、インターハイや高校選手権大会の出場経験を有する。

高校卒業後に美容師として東京での就職が内定していたが[4]、サッカー選手の夢を断ちがたく、小学校時代の恩師の紹介で日立製作所サッカー部(後の柏レイソル)のテストを受け[5]、1990年に社員選手として入団。テクニックで勝負するのは厳しいと感じ、守備で貢献するボランチへと転向した[6]

1993年にレギュラーを掴んだことで1994年になってプロ契約を締結[4]。同年は柱谷幸一とドイスボランチを構成し、ジャパンフットボールリーグで準優勝。翌年からのJリーグ昇格を果たした。以後、Jリーグにおいても的確なカバーリングと激しいタックルで中盤の守備を支え[7]、1997年には加茂周監督率いる日本代表にも選出された。柏では主将も務め、1999年のナビスコカップでは自身の手で優勝カップを掲げた。同クラブでコーチ及び監督を務めた西野朗は、チームの中心的存在となった[5]下平を「柏の魂」と評した。

2000年、西野から「ボランチに外国人を獲るから来季は出場機会が減ることになる」と告げられ、2年契約を打診するFC東京への移籍を決意[4][6]。2001年より完全移籍した[5][8]。加入早々にして主将に就任[9]。同年、ボランチには三浦文丈及び浅利悟が入ることが多く、満足に出場することは出来なかったが[3]、下平の努力を絶やさない姿勢はチームの財産となった[10]。2002年は三浦・浅利の負傷もあり、ほぼレギュラーとしてプレー。左サイドバックを務めることもあった。

2003年、強い復帰要請を受け[7]3年ぶりに柏へ復帰[11][12]。堅実な守備は健在で[13]、高いプロ意識は若手の見本となった[7]。2004年末に現役引退を表明[14]

引退後は柏レイソル強化部スタッフとしてスカウト活動に携わった後、2009年にU-18ユースチームのコーチに、2010年からは監督に就任。同年S級ライセンス取得[15]2012年のクラブユース選手権ではチーム発足以来初の優勝を果たした。2016年からはトップチームのヘットコーチに就任したが、この年から就任したミルトン・メンデスが3月12日に家族の健康上の理由に退任したため、同日付で監督に昇格した[16]。ファーストステージは、優勝争い加わることが出来なかったが、J2降格危機からチームを建て直しファーストステージは7位と言う成績を収める。セカンドステージでは、優勝争いに加わり強豪鹿島に勝利したりもしたが、最終的に5位に終わる。

2017年シーズンは、優勝争いに加わったが、最終的に4位に終わった。天皇杯では、ベスト4に終わる。

2018年シーズンは、ACLの出場権を獲得がしたが一次リーグ敗退に終わる。また、リーグ戦も低迷し5月12日に解任される。

2019年1月より横浜FCのヘッドコーチに就任、同年5月14日に横浜FCの監督に就任した[17]


所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 JSL杯/ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
1990-91 日立 JSL2部 3 0 0 0
1991-92 27 JSL1部 21 0 1 0
1992 旧JFL1部 17 1 -
1993 22 14 2 6 0 1 0 21 2
1994 5 旧JFL 27 2 1 0 0 0 28 2
1995 - J 35 1 - 2 0 37 1
1996 28 0 14 1 2 0 44 1
1997 5 24 0 6 0 3 0 33 0
1998 25 0 3 0 1 0 29 0
1999 J1 30 2 6 1 4 0 40 3
2000 20 0 0 0 1 0 21 0
2001 FC東京 16 0 3 0 0 0 19 0
2002 23 0 6 0 0 0 29 0
2003 25 20 0 3 0 2 0 25 0
2004 13 0 3 0 1 0 17 0
通算 日本 J1 234 3 44 2
日本 JSL1部 21 0 1 0
日本 JSL2部 3 0 0 0
日本 旧JFL1部 58 5 7 0
総通算 316 8 52 2

その他の公式戦

代表歴[編集]

指導歴[編集]

  • 2005年 - 2018年 柏レイソル
    • 2005年 - 2008年:普及コーチ[15] (スカウト兼務)
    • 2009年:U-18 コーチ
    • 2010年 - 2015年:U-18 監督
    • 2016年1月 - 3月:トップチーム ヘッドコーチ
    • 2016年3月 - 2018年5月:トップチーム 監督
    • 2018年5月 - 2018年12月 強化チームダイレクター
  • 2019年 - 横浜FC
    • 2019年1月 - 5月 :ヘッドコーチ[18]
    • 2019年5月 - :監督

脚注[編集]

  1. ^ 元Jリーガー下平さんらサッカー教室/五戸 47NEWS (2007年7月11日)
  2. ^ a b c d e 登録選手一覧表”. 2004年12月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年3月6日閲覧。 Jリーグ (2004年12月10日)
  3. ^ a b c 『FC東京ファンブック2003』毎日新聞社、2003年、30頁。
  4. ^ a b c 『DECADE 柏レイソル10年史』文化工房 / 星雲社、2004年、76-79頁。
  5. ^ a b c 下平 隆宏選手がFC東京へ移籍”. 2001年2月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年3月6日閲覧。 柏レイソル (2000年12月13日)
  6. ^ a b 『FC東京ファンブック2001』毎日新聞社、2001年、80-83頁。
  7. ^ a b c 『DECADE 柏レイソル10年史』文化工房 / 星雲社、2004年、153頁。
  8. ^ 下平隆宏選手 加入のお知らせ”. 2002年1月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年9月23日閲覧。 FC東京 (2000年12月13日)
  9. ^ 2001 新キャプテン決定!”. 2001年9月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年9月23日閲覧。 FC東京 (2001年2月17日)
  10. ^ FC東京の実体 (2/3) スポーツナビ (2005年6月2日)
  11. ^ 下平隆宏選手 移籍決定のお知らせ”. 2004年5月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年3月6日閲覧。 FC東京 (2002年12月26日)
  12. ^ 下平 隆宏選手 移籍加入のお知らせ”. 2003年2月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年3月6日閲覧。 柏レイソル (2002年12月25日)
  13. ^ 【J1-2nd:第8節 横浜FM vs 柏 プレビュー】 (cache) J's GOAL (2004年10月3日)
  14. ^ 下平 隆宏選手 今季限りで引退”. 2004年12月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年3月6日閲覧。 柏レイソル (2004年12月1日)
  15. ^ a b c 平成22年度 第5回理事会 協議事項 (PDF) 日本サッカー協会 (2010年9月9日)
  16. ^ 監督交代のお知らせ”. 2016年3月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年3月12日閲覧。 柏レイソル (2016年3月12日)
  17. ^ “下平隆宏ヘッドコーチ監督就任および 今後のチームスタッフ体制について” (プレスリリース), 横浜FC, (2019年5月14日), https://www.yokohamafc.com/2019/05/14/66281 2019年5月14日閲覧。 
  18. ^ “下平隆宏氏 ヘッドコーチ就任のお知らせ” (プレスリリース), 横浜FC, (2018年12月27日), https://www.yokohamafc.com/2018/12/27/63818 2018年12月30日閲覧。 

関連項目[編集]