下敷領悠太

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下敷領 悠太
LM-Yuta-Shimoshikiryo.jpg
2009年8月25日(千葉マリンスタジアムにて)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府大阪市東成区
生年月日 (1983-05-04) 1983年5月4日(35歳)
身長
体重
184 cm
74 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2007年 大学生・社会人ドラフト5巡目
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

下敷領 悠太(しもしきりょう ゆうた、1983年5月4日 - )は、大阪府大阪市東成区出身の元プロ野球選手投手)。右投右打。千葉ロッテマリーンズの関西スカウトをしている。

来歴・人物[編集]

上宮高校では国木剛太に次ぐ2番手投手(3番手は金村大裕)。3年夏に大阪桐蔭に敗れてベスト8止まりとなり、甲子園出場は叶わなかった。

法政大学に進学し、2年春から頭角を現す。3年次は伸び悩んだが、4年春は防御率2.60とまずまずの成績を残した。4年秋は6勝0敗・防御率1.42と自己最高の成績を残してチームの優勝に貢献。初のベストナイン、ファン投票によるMVPを獲得した。リーグ通算42試合に登板、13勝10敗、防御率2.33。

大学卒業後は日本生命に入社。1年目から先発に定着、日本選手権ではチームを準優勝に導いて敢闘賞を獲得した。下敷領が登板の際には、上宮高時代の先輩である佐久間健一とバッテリーを組むことが多かった。

2007年11月19日に行われた大学・社会人ドラフト会議千葉ロッテマリーンズに5巡目指名され12月11日に契約を交わした。

2007年12月17日に行われた新入団選手発表会では、アンダースロー投手の先輩となる渡辺俊介に勝っているところと負けていることを聞かれて「負けているところはリリースポイントの低さです。渡辺さんのほうがリリースポイントが低いんで・・・」と言った後、「勝っているところは・・・顔?」と言った。

ユニフォームの背ネーム「SHIMOSHIKIRYO」の13文字は日本プロ野球としては最長。「『SHIMOSHIKIRYOH』と14文字にすればアメリカの記録に並ぶ」と記者に教えられたものの本人は「球団にお願いする余裕も勇気もなかった」という[1]

一軍登板ゼロのまま、3年目シーズン終了後の2010年10月2日に翌年の契約をしない旨とあわせて、スカウト(近畿地区担当)として球団に在籍することを同時に発表された[2]。10月8日、任意引退選手公示。

2010年10月30日、同年のドラフト会議にて指名したNOMOベースボールクラブ石田淳也の元へ挨拶に行った様子が同クラブのサイトで紹介された[3]。その他担当した選手は、中後悠平益田直也松永昂大(のちに3選手はいずれも下敷領が所属していたロッテに入団している)。

2017年の履正社高校安田尚憲及び2018年の大阪桐蔭高校藤原恭大の担当スカウトであった。

選手としての特徴[編集]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]

  • 一軍公式戦出場なし

背番号[編集]

  • 24 (2008年 - 2010年)

脚注[編集]

  1. ^ 日本プロ野球史上“最長”の名字を持つ男のいま - 文春オンライン
  2. ^ 契約に関するお知らせ - 千葉ロッテマリーンズ・オフィシャルサイト
  3. ^ NOMOベースボールクラブ 指名挨拶

関連項目[編集]