下頓別駅

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下頓別駅
下頓別駅跡 (2011年8月5日)
下頓別駅跡 (2011年8月5日)
しもとんべつ
Shimo-Tombetsu
新弥生 (3.6*km)
(3.2*km) 常盤
所在地 北海道枝幸郡浜頓別町字下頓別
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 天北線
キロ程 51.6km(音威子府起点)
電報略号 シト
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1918年大正7年)8月25日
廃止年月日 1989年平成元年)5月1日
備考 天北線廃線に伴い廃駅
*キロ程は実キロ(営業キロは最後まで設定されなかった)
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1977年の下頓別駅と周囲約500m範囲。上が浜頓別方面。単式ホーム2面2線と駅舎横の貨物ホームへ引込み線、駅裏に副本線を1本持つ。下に見える木工所にも専用線が引き込まれている。かつてはここも木材搬出駅として駅裏の広いストックヤードに沢山の木材が野積みされていたが、既に北側が殆んど使用されておらず、工場の専用線も草生している。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

下頓別駅(しもとんべつえき)は、北海道宗谷支庁枝幸郡浜頓別町字下頓別にかつて置かれていた、北海道旅客鉄道(JR北海道)天北線廃駅)である。電報略号シト。天北線の廃線に伴い、1989年(平成元年)5月1日に廃駅となった。

駅構造[編集]

廃止時点で、単式ホーム1面1線を有する地上駅であった。ホームは、線路の西側(南稚内方面に向かって左手側)に存在した[1]分岐器を持たない棒線駅となっていた。かつては単式ホーム2面2線を有する、列車交換可能な交換駅であった。交換設備運用廃止後は線路は撤去されたが、ホーム前後の線路は分岐器の名残で湾曲していた[1]

無人駅となっていたが、有人駅時代の駅舎が残っていた。駅舎は構内の西側に位置し、ホーム中央部分に接していた。木造板壁で木枠の窓の駅舎であった[1]

駅名の由来[編集]

当駅が所在した地名より。地名はアイヌ語の「トウ・ウン・ベツ」(沼から出る川)に由来し、川の下流域にあることから「下」を冠している[2]

利用状況[編集]

  • 1981年度(昭和56年度)の1日当たりの乗降客数は58人[1]
乗車人員推移[3]
年度 1日平均人数
1934 46
1951 126
1961 272
1965 319
1971 145
1981 46
1985 7

駅周辺[編集]

小さな集落がある。

歴史[編集]

  • 1918年(大正7年)8月25日 - 鉄道院宗谷線中頓別駅 - 浜頓別駅間の延伸開通に伴い、開業。一般駅
  • 1919年(大正8年)10月20日 - 路線名を宗谷本線に改称し、それに伴い同線の駅となる。
  • 1923年(大正12年) - ウツナイ川上流から駅土場へウツナイ森林軌道敷設。最長時(1936年)17.4キロ[5]
  • 1930年(昭和5年)4月1日 - 音威子府駅 - 稚内駅間を宗谷本線から削除し路線名を北見線に改称、それに伴い同線の駅となる。
  • 1944年(昭和19年) - ウツナイ森林軌道撤去。
  • 1949年(昭和24年)6月1日 - 公共企業体である日本国有鉄道に移管。
  • 1961年(昭和36年)4月1日 - 路線名が天北線に改称され、同線の駅となる。
  • 1982年(昭和57年)6月1日 - 貨物・荷物の取り扱いを廃止。それに伴い列車交換設備の運用を停止し、同時に無人駅化。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、国鉄からJR北海道に継承。
  • 1989年(平成元年)5月1日 - 天北線の全線廃止に伴い、廃駅となる。

駅跡[編集]

1997年(平成9年)時点では、ホームのみ残存していた[6]。2010年(平成22年)時点でも同様で駅名標も設置されていた[7]が、駅名標はレプリカであり、そのほか信号機も設置されている[8]

隣の駅[編集]

北海道旅客鉄道
天北線
新弥生駅 - 下頓別駅 - 常盤駅

宇津内森林軌道[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 書籍『国鉄全線各駅停車1 北海道690駅』(小学館1983年7月発行)189ページより。
  2. ^ 『駅名の起源』 札幌鉄道局編、北彊民族研究会、1939年、84頁。NDLJP:1029473
  3. ^ 『浜頓別町史』 浜頓別町史編集委員会、北海道出版企画センター、1995年3月。ISBN 978-4832895010。
  4. ^ 書籍『北海道道路地図 改訂版』(地勢堂、1980年3月発行)17ページより。
  5. ^ 河野哲也「北海道の森林鉄道,殖民軌道」『 鉄道ピクトリアル』No.733
  6. ^ 書籍『鉄道廃線跡を歩くIV』(JTBパブリッシング1997年12月発行)25ページより。
  7. ^ 書籍『新 鉄道廃線跡を歩く1 北海道・北東北編』(JTBパブリッシング2010年4月発行)17ページより。
  8. ^ 書籍『北海道の鉄道廃線跡』(著:本久公洋、北海道新聞社2011年9月発行)247-248ページより。

関連項目[編集]