下館SPICA

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下館スピカ・筑西市役所本庁舎
Shimodate SPICA・Chikusei city hall
下館スピカ(2018年1月)
下館スピカ(2018年1月)
店舗概要
所在地 茨城県筑西市丙360
開業日 1991年(平成3年)5月[1]
正式名称 筑西市役所本庁舎
施設所有者 筑西市(90%以上)[1]など
施設管理者 下館都市開発[2]
商業施設面積 約12,800[3]
中核店舗 下館サティ

長崎屋エコス

長崎屋・サントマト

サントマト

エイム

筑西市役所本庁舎・yショップ
駐車台数 390台
最寄駅 JR水戸線真岡鐵道関東鉄道常総線下館駅[3]
外部リンク 公式ウェブサイト

下館SPICA(しもだてスピカ)は、茨城県筑西市丙360(田中町)(下館駅北口)にある複合ビルの名称である。かつては下館サティが核店舗。管理運営は株式会社下館都市開発。現在は筑西市役所本庁舎ともなっている。

歴史・概要[編集]

開業[編集]

1991年(平成3年)5月に[1]水戸線真岡鐵道関東鉄道常総線のターミナルである[3]下館駅北口の[2]行政主導型の駅前市街地再開発事業で建設された下館中央ショッピングデパートスピカとして[4]下館サティを核店舗に開業したのが始まりである[3]

閉店[編集]

しかし、モータリゼーションの進展により2003年(平成15年)の下館駅の1日あたりの乗降客数がJR下館駅が4,129人で真岡鐵道下館駅が689人、関東鉄道常総線下館駅が476人の合計5,294人と1972年(昭和47年)の39.1%減となり、バスも運行会社が関東パープルバスの1社のみで運行路線も3路線にまで減少し、2003年(平成15年)の下館駅のバス停の1日あたりの乗降客数が308人と東武鉄道と関東鉄道、東野バス、茨急バスの4社が運行していた1980年(昭和55年)の9,604人の96.8%減と駅周辺の公共交通利用者が激減して中心性が大きく失われ、郊外の国道50号線沿いに立地している郊外型店舗との競合により、当地区の中心市街地およびその周辺に立地していた大型店が相次いで廃業に追い込まれていった[5]

そうした商業立地としての優位性の低下に[5]加えて、駅前再開発ビルとして下館駅と歩道で直結する構想が地元商業者の反対で実現しなかったことで利用しにくい構造になっていること[4]、マイカルが経営破たんしたこと[3]などが影響して、開業当初の核店舗だった下館サティが2002年(平成14年)8月末に閉店した[6]ため、核店舗を失ったスピカも完全閉鎖されることになった[4]

再開業[編集]

閉店直後から風俗店がビル内に出店する計画があるとの噂が流れたために市が管財人と協議を行って[1]マイカルが所有していたビルの床の持分を購入し[3]、国の中心市街地活性化総合支援事業の補助金約1億円を使って再生して[3]、2003年(平成15年)7月に下館サティに代わる新たな核店舗としてエコス長崎屋が出店して再開業した[7]

しかし、再開業から1年後に書店や衣料品店が閉店し、2006年(平成18年)1月16日にエコスが閉店したため再び食品関連の核店舗が失われることになるなど再開業後の運営は当初から苦戦することになった[3]

エコスの撤退後は食品関連の後継店舗として農協を含む食品スーパーの招致を進め[7]、2006年(平成18年)12月にサントマトが出店したが[8]、2007年(平成19年)4月に撤退した[8]

エイム撤退後のSPICA正面入口(2008年8月)

更にそのサントマトに代わる食品関連の後継店舗として2007年(平成19年)12月20日にエイムが出店したが、売上も2008年(平成20年)1月が最低目標額の約65%で2月が約55%、3月が約50%と毎月減少しながら大幅に下回り、2008年(平成20年)2月から3月にエイムのテナントとして契約していた青果と鮮魚、総菜の店舗が撤退した影響もあって4月は最低目標額の約30%と更に大きく落ち込んだため、2008年(平成20年)5月31日にエイム側が中途解約による違約金を支払って撤退することになった[9]

こうした売上の低迷や核店舗の相次ぐ撤退により、最盛期に約40店舗あったテナントが2009年(平成21年)4月9日現在で12店舗に減少して核店舗もない状態になった[2]

筑西市役所[編集]

2007年(平成19年)3月には3階と4階を筑西市役所分庁舎として借り上げて筑西市役所スピカ分庁舎とした[2]が、この市役所の入居が商業床から業務床への変更にあたるとして経済産業省から補助金の返還を求められ[1]、2007年(平成19年)3月に経済産業省に約4100万円を返還している[1]

また、道路の拡幅事業を切っ掛けに閉店する店舗が多いために周辺の商店街の集客力も大きく減少していることも相俟って新たな核テナントの招致が難航し[2]、ビルの維持費が年間約7000万円と筑西市の財政の負担となっていることから[2]、2008年(平成20年)9月3日に[1]筑西市議会財政等健全化調査特別委員会がビルの「売却を検討すべきだ」との結論を出している[2]。2017年2月13日、5階の商業エリア以外を筑西市役所本庁舎とした。移転前の筑西市役所下館庁舎の老朽化進んだためによるものである。

沿革[編集]

  • 1991年(平成3年)5月:下館駅前再開発ビル「スピカ」オープン[1]
  • 2002年(平成14年)8月末 : 下館サティ、マイカル経営破綻の影響により閉鎖[6][10]
  • 2003年(平成15年)7月 : 新たな核店舗としてエコス長崎屋が出店して下館スピカとして再開業[7]
  • 2005年(平成18年)
    • 1月16日 : エコス撤退[3]により、地下一階閉鎖。
    • 12月 : サントマトが出店[8]
  • 2006年8月 : 長崎屋サンバード撤退。
  • 2007年(平成19年)
    • 3月 : 3階と4階が筑西市役所スピカ分庁舎に[2]
    • 4月 : サントマトが撤退[8]
    • 12月20日 : エイムが出店[9]
  • 2008年(平成20年)5月31日 : エイムが撤退[9]
  • 2009年(平成21年)8月末 : シービック閉店。
  • 2017年(平成29年)2月:筑西市役所本庁舎となる。スピカの名を残し商業施設としての機能を残す。Yショップが入店。

テナント[編集]

  • 地下1階 - 4階
    • 筑西市役所本庁舎
  • 5階
    • コナミスポーツクラブ
    • アクサ生命保険株式会社
    • 美容室フレンズ
    • 幼児教室講談社すこやか教室
    • JOYパソコンスクール
    • 立体駐車場連絡口
  • 6階
    • 下館商工会議所
    • 下館公証役場
    • 下館都市開発株式会社
    • コミュニティプラザ
    • 筑西市議会議場

駐車料金[編集]

  • 基本的に3時間まで無料である。

アクセス[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g h 平成20年第5回沼田市議会定例会継続会会議録 議事日程第3号 (Report). 沼田市議会. (2008-12-5). 
  2. ^ a b c d e f g h 中西公一 (2009年4月11日). “駅前再開発ビル『スピカ』市街地活性化へ再生を”. 東京新聞 (中日新聞社) 
  3. ^ a b c d e f g h i 中西公一 (2006年3月13日). “スーパーエコス閉店から2カ月…後継店選びが難航 筑西市”. 東京新聞 (中日新聞社) 
  4. ^ a b c 新名阿津子・鈴木富之・濱田紗江・林幹大・山本倫芳. “筑西市下館地域の商業特性?商業地変容と菓子製造販売業の活動分析を通じて?”. 地域研究年報 第30号 (筑波大学 人文地理学・地誌学研究会) (2008). 
  5. ^ a b 駒木伸比古・李虎相・永村恭介・小野澤泰子. “茨城県筑西市下館地域における食料品小売業の変容と買物行動の現状”. 地域研究年報 第30号 (筑波大学 人文地理学・地誌学研究会) (2008). 
  6. ^ a b “下館サティ8月末で撤退し、そのあとで売却!茨城県下館市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2002年4月11日) 
  7. ^ a b c “エコスが来月16日閉店 下館駅前再開発ビル”. 東京新聞 (中日新聞社). (2005年12月28日) 
  8. ^ a b c d “下館駅前「スピカ」核店舗「エイム」撤退 今月末 売り上げ伸びず”. 茨城新聞 (茨城新聞社). (2008年5月27日) 
  9. ^ a b c 中西公一 (2008年5月29日). “エイムが31日閉店 下館駅前スピカ 核テナントの撤退4度目”. 東京新聞 (中日新聞社) 
  10. ^ JR高崎線本庄駅南口(埼玉県本庄市)にあったサティ本庄店も同時期に閉鎖。本庄BLALAとして再びオープンされ現在に至る。

座標: 北緯36度18分18.8秒 東経139度58分46.1秒