不死蝶 (小説)

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金田一耕助 > 不死蝶 (小説)

不死蝶』(ふしちょう)は、横溝正史の長編推理小説。「金田一耕助シリーズ」の一つ。

本作を原作として、テレビドラマ2作品が制作されている。

概要[編集]

本作は、1953年6月から11月に雑誌『平凡』に連載され、1958年に加筆して単行本が刊行された[1]

本作では『八つ墓村』と同じように鍾乳洞の中で事件が発生する。作者は『八つ墓村』執筆の際に、モデルとして紹介してもらった村の近くに鍾乳洞があり、以前に海外作品の『鍾乳洞殺人事件』[2]という作品を読んだことがあることから、俄然興味が盛り上がったと述べており[3]、本作の冒頭においても、舞台となる射水に鍾乳洞が多いと聞いた金田一に『八つ墓村』のことを思い出させている。

また、本作で扱われる23年前という過去の事件とそれに関連して起こる現在の新たな殺人事件という設定は、本作の1~2年前から見られる傾向があり、19年前の殺人事件と現在の殺人事件を扱った『女王蜂』(『キング1951年6月号~1952年5月号)、3年前の失踪事件と現在の殺人事件を扱った短編作品「鴉」(『オール讀物』1951年7月号)、17年前の失踪事件と現在の殺人事件を扱った中編作品「幽霊座」(『面白倶楽部』1952年11月号-12月号)などに続くものである。

あらすじ[編集]

金田一耕助は、信州の射水という町に住む矢部杢衛から「さる人物について調査していただきたい」との依頼を受ける。折りしも射水には、ブラジルのコーヒー王アルフォンゾ・ゴンザレスの養女・鮎川マリが母の君江と滞在中で、新シンデレラ姫と大きなニュースになっており、金田一は彼女に近づきになれるかも知れないと思いながら出立の準備を進める。ところが出発当日の朝、「射水に来てはならぬ。生命が惜しいと思ったら射水の町に近寄るな。」という脅迫状が届く。

大いに興味と闘志をかき立てられた金田一は、射水に向かう汽車の車中、頬にうすい傷痕のある男に話しかけられる。金田一は、同じ車中の百姓と男との会話から、矢部杢衛の次男の英二が23年前に鍾乳洞の中で殺されたこと、男が死体の発見者であったこと、玉造家の娘の朋子が英二を殺して底なし井戸に飛び込んだこと、玉造家と矢部家はともに射水きっての名家だが、先祖代々互いに敵同士としていがみあっていることなどの事情を知る。

射水に着いた金田一は、矢部家に向かう途中、異国風の教会の前に集まっている人々から、ちょうど鮎川君江が教会にお参りしており、君江とマリが玉造家に滞在していることを聞く。さらに、教会から出てきた君江を見た頬に傷痕のある男が「と、朋子!」と叫ぶのを聞く。

そうして矢部家に着いた金田一は、主の杢衛から、鮎川君江の身許調査を依頼される。23年前に英二を殺した玉造朋子が、その後自殺したように見せかけて生き延びていて、それが今、鮎川君江として帰ってきているのに違いないと、杢衛は主張する。頬に傷痕のある男(矢部家の遠い親戚の古林徹三)が、君江を見て「朋子」と呼んだことと思い合わせた金田一は、激しく胸が騒ぐのを覚える。

一方、玉造家では、鮎川マリがパーティの準備に余念のないところに、「母をつれてこの土地を去れ。ここにいることは、おまえやおまえの母のためにならぬと知れ。」との脅迫状じみた手紙を受け取る。そして、朋子の姪の由紀子から、23年前の事件の話を聞く。

朋子は敵同士の相手の矢部家の長男、慎一郎と恋仲になり、鍾乳洞の奥で落ち合って駆落ちしようとしていたところ、それが杢衛に知れる。杢衛は慎一郎と現在その妻となっている峯子を結婚させようとしていたこともあって激怒、慎一郎を閉じ込めるとともに次男の英二に朋子を連れて来させようとしたが、英二が殺されてしまったのだという。しかも、その手には朋子の着物の片袖が握られていたのだという。容疑をかけられた朋子が語るには、英二につかまり必死に逃げようと抵抗しているうちに、片袖がちぎれたもので、殺してなどいないということだった。だが、警察が頭から朋子が犯人に違いないと引っ張っていこうとしたため、絶望のあまり鍾乳洞に飛び込んで自殺したのだと。しかし、底なしの井戸に身を投げたらしい朋子の死骸は見つからず、しかも井戸の側に「あたしはいきます。でも、いつかかえってきます。蝶が死んでも、翌年また、美しくよみがえってくるように。」との書置きが残されていたという。

そして、マリ主催のパーティが開かれたが、その席に君江は病気を理由に欠席、杢衛は君江を挨拶に出させるようしつこく主張し、マリが折れて家庭教師の河野朝子に君江を呼びに行かせたが、いつまでたっても君江は姿を現わさない。不審に思い部屋に行ってみると2人とも部屋におらず、行方が分からなかった。そこへ由紀子がベランダから駆け込んできて、君江が林の向こうの鍾乳洞の方に向かっていくのを見たと言い、戻ってきた河野も君江を捜しに行って鍾乳洞の入口で君江の銀の十字架を拾ったと話したことから、一同で君江の後を追って鍾乳洞へ捜しに出かけることになった。

鍾乳洞の入口には君江のものと思われる靴跡と、他にもう一つサンダルの跡を見つける。由紀子はそれが兄の康雄のものかも知れないと言う。実は康雄は、都とパーティを抜け出して逢引していたところ、君江らしき黒衣婦人を見て後を追っていったのであり、由紀子はそれを都から聞いて知っていたのだ。杢衛は、君江が底なしの井戸に向かったのに違いないと主張し、足跡もそちらへ向かっていることから一同が井戸に進んでいくと、鳥打帽をかぶった洋服姿の男の影を認め、警察署長の神崎やマリとブラジルから護衛に連れてきたカンポら他の者たちがその後を追っていき、あとには金田一と杢衛、由紀子の3人が残された。

杢衛は男の正体を知っているらしく驚いた様子であったが、3人がそのまま井戸の方に向かっていくと、断崖の向こうの底なしの井戸の側にカンテラを持つマリの顔に似た黒衣の女を見つけ、杢衛は「朋子だ!」と叫んで由紀子の手から懐中電灯を奪って走り出して行ってしまった。金田一と由紀子が蝋燭をかざしながら進むと、マリとカンポが合流し、一同がさらに進んでいくと、洞窟の奥から杢衛の怒りに満ちた声と、「ひいッ!」という女の悲鳴が、さらに間を置いて男の悲鳴が聞こえてきた後、洞内は静まり返ってしまった。

マリのかざす懐中電灯で底なしの井戸まで進むと、井戸の向こうに鍾乳石で刺し殺された杢衛が見つかった。その手には、君江がかぶっていた大きなベールがつかまれていた……。

登場人物[編集]

金田一耕助(きんだいち こうすけ)
私立探偵。
矢部杢衛(やべ もくえい)
矢部家の当主。70歳ぐらい。金田一の依頼人。人望があるが、玉造家には仇敵として敵対感情を露わにする。実は、当主になる前の惣領息子の頃、当時は玉造家の一人娘であった現当主・乙奈と激しい恋に落ち、矢部家の相続権を捨ててまでも乙奈との結婚を望み、その方向に話は進んで纏まると信じて疑わなかったが、乙奈が別の男性を婿に迎えて裏切ったため、玉造家と乙奈を深く憎悪して慎一郎と朋子の仲も引き裂くことに躊躇はなかった。玉造家の人間は誰もが腹黒いと言い放つほどに憎む。
矢部慎一郎(やべ しんいちろう)
杢衛の長男。50歳に近い。色は浅黒く背の高い、男振りも風采も申し分のない良い男。学究肌の性格。
矢部峯子(やべ みねこ)
慎一郎の妻。色白の美人だが、愛嬌に乏しく見識ぶった女。ヒステリー気味でキーキー声を張り上げ、23年を経ても朋子を愛し続ける慎一郎に拒まれ、夫婦とは名ばかりの状況に苛立っている。
矢部都(やべ みやこ)
慎一郎の娘。えくぼの可愛い美人。18、9歳。どこか沈んで、淋しそうな陰がある。玉造家の康雄と恋仲。
矢部英二(やべ えいじ)
杢衛の次男。23年前に鍾乳洞の中で殺害された。
宮田文蔵(みやた ぶんぞう)
峯子の兄。45、6歳。矢部家の番頭格。口数少なく、如才ないところのある人物。
古林徹三(ふるばやし てつぞう)
満州から20数年ぶりに引揚げてきた矢部家の遠い親戚。45、6歳。頬に傷痕がある。英二の死体の発見者。
玉造朋子(たまつくり ともこ)
玉造家の娘。長女。慎一郎と恋仲だった。英二殺害の容疑者。鍾乳洞の「底なし井戸」に投身自殺したと見なされている。
玉造乙奈(たまつくり おとな)
玉造家の当主。朋子の母。73歳。やせ衰えて人の肩につかまらないと歩行もままならないが、誇り高く威厳に満ちている。杢衛が殺された際、その遺体を前に嗚咽を漏らして周囲を驚かせた。家を守るために杢衛を裏切り婿を迎えて矢部家と長い戦いを繰り広げ、娘をも犠牲にする結果を招いてしまう。
玉造由紀子(たまつくり ゆきこ)
乙奈の孫、朋子の姪。高校生。16、7歳。ロイド眼鏡をかけている。
玉造康雄(たまつくり やすお)
由紀子の兄、朋子の甥。哲学者のように気むずかしそうな青年。都と恋人同士。
田代幸彦(たしろ ゆきひこ)
康雄の大学以来の親友。ブラジルに招聘されたテニスのチャンピオンで、屈託のないお坊ちゃん気質。マリとは顔見知り。
鮎川マリ(あゆかわ まり)
ブラジルのコーヒー王アルフォンゾ・ゴンザレスの養子。日系2世でブラジル名は「マリーナ・ゴンザレス」。20歳前後。聡明で勇気と優しさに満ち溢れた美女で、善良な性質。玉造家に滞在している。
鮎川君江(あゆかわ きみえ)
マリの母。長年、ゴンザレス家の家事取締役を務めている。
河野朝子(こうの あさこ)
マリの家庭教師。34歳。内から滲み出る知性が、容貌を上品でしっとりと落ち着いたものにしている。
カンポ
君江とマリの用心棒ポルトガル人インディアンの「マメルコ」と呼ばれる混血の青年。身の丈六尺の長身。
パウル
ニコラ神父の前任者である神父。23年前、矢部英二殺害の犯人とされた玉造朋子を我が子のように慈しんでおり、事件から10日ほど経った頃、任期の終了によりスペイン本国に帰国した。矢部家ではその際、朋子を連れ立って助けたのではないかと疑惑を持っている。
アルフォンゾ・ゴンザレス
ブラジルのコーヒー王と呼ばれるスペイン系ブラジル人の大富豪。マリの養父。サン・パウロ州にコーヒー園を営む他に、有名なダイヤモンド鉱山を所有している。マリの母・君江の才覚を認めてゴンザレス家の家事取締役に任じ、彼女を女性としても深く愛して求婚するも断られる。しかし、マリを娘として愛しているので養子縁組により正式に後継者に据えた。
立花(たちばな)
射水町の町長。
ニコラ
教会の神父。任期を終えたパウル神父に代わり、射水の教会に赴任した。
神崎(かんざき)
射水警察署署長。
江藤(えとう)
警部補。

補足[編集]

  • 本作品の舞台となる信州の射水は架空の地名で、富山県射水市とは無関係である。
  • 金田一は射水を訪れるのは初めてで、神崎署長とも初対面だが、「『犬神家の事件』の際に大働きをやってのけたので、信州の警察界では尊敬の念をもって、その名を記憶されている」ことから、事件が起きた際、神崎署長は初めから金田一に助言を仰いでいる。

テレビドラマ[編集]

1978年版[編集]

TBSで『横溝正史シリーズII』の第4作として1978年7月1日から7月15日まで放送。全3回。

原作との相違点

  • 田代は原作での康雄の大学以来の親友、ブラジルに招聘されたテニスプレイヤー、お坊ちゃん気質という設定が一切削除され、特ダネに目の色を変える「信州タイムス」の記者に変更された。
  • 康雄には祖母・母親・妹がいたが、ドラマでは大阪に避難した康雄を除き玉造家の人間は全員死亡。康雄だけが修理工として生活している。
  • 矢部家と玉造家の対立の原因は、原作では杢衛と乙奈が恋に落ちるが乙奈が裏切ったため、玉造家は没落するまでに追いつめられる。ドラマでは矢部家と玉造家で射水町を拓いたものの、4代前に玉造家が矢部家の排除を企み、その後も先に仕掛けたのは矢部家の方だと主張するが、杢衛は完全否定している。
  • 朋子を助けたパウル神父は英二殺害事件から10日ほど後に任期終了で射水町を去ったが、ドラマ版では転任の後に他界した。
  • 原作では峯子は殺された際に抵抗して文蔵の小指を噛み切り、文蔵は物置を改造した自宅で首つり自殺を遂げたが、ドラマでは峯子は抵抗らしい抵抗はせずに文蔵に殺され、その文蔵は朋子が身を投げたとされていた鍾乳洞の「底なし井戸」に飛び込んで命を絶った。
  • 金田一は真相を追及されることを避けて逃げるように射水町を去り、そのことを聞こうとするマリに怒鳴りつけて逃走したが、ドラマでは真相を胸に収めるというマリに全部話した。
  • ドラマでは最後にマリは康雄と都をブラジルに連れてゆくことにしている。
キャスト

1988年版[編集]

TBS系で月曜ミステリー劇場名探偵・金田一耕助シリーズ7 不死蝶』として1988年2月2日に放送。

キャスト

脚注[編集]

  1. ^ 角川文庫版『不死蝶』の中島河太郎による巻末解説参照。
  2. ^ D・K・ウィップル(Kenneth Duane Whipple)が1934年に著した長編推理小説。『横溝正史翻訳コレクション 鐘乳洞殺人事件/二輪馬車の秘密―昭和ミステリ秘宝』(扶桑社文庫)に収載されている。
  3. ^ 真説 金田一耕助』(横溝正史著・角川文庫1979年) 「八つ墓村考 III」参照。

関連項目[編集]