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中井広恵

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 中井広恵 女流六段
中井広恵女流六段(2009/04/12)
名前 中井広恵
生年月日 (1969-06-24) 1969年6月24日(48歳)
プロ入り年月日 1981年4月1日(11歳)
出身地 北海道稚内市
師匠 佐瀬勇次名誉九段
永世称号 クィーン名人
段位 女流六段
戦績
タイトル獲得合計 19期
女流名人9期
女流王将4期
女流王位3期
倉敷藤花3期
一般棋戦優勝回数 10回
2011年3月20日現在

中井 広恵(なかい ひろえ、本名:植山広恵(旧姓中井)、1969年6月24日 - )は、元LPSA(日本女子プロ将棋協会)所属の女流棋士。2014年1月現在はフリー。LPSA初代代表理事(2007年5月 - 2010年5月)。過去の女流棋士番号は日本将棋連盟所属時は旧17[1]、LPSA所属時は7。タイトル獲得数は歴代3位クィーン名人北海道稚内市出身。佐瀬勇次名誉九段門下。

人物

第26期女流王将戦第4局に臨む中井
  • 1990年代から2000年代にかけて、女流棋界において長らく清水市代との二強時代を形成した。1993年の女流名人位戦から2007年の倉敷藤花戦までの全てのタイトル戦に、中井か清水のいずれかか両方が登場している。
  • 2002年、清水に次いで女流六段に昇段。
  • 2004年、清水と女流棋士同士では初めての百番指しを記録(100局までで中井の40勝60敗)。
  • 攻守にバランスのとれた本格的な居飛車党で、得意戦法は矢倉
  • 女流棋士の中では比較的男性棋士に近い将棋を指すと言われ、清水が男性棋士にはあまり指されない右四間飛車にこだわりを見せるのとは対称的である。男性棋士との対局では1993年12月、竜王戦池田修一に初勝利し、公式戦で男性棋士を破った初めての女流棋士となった。
    • 男性棋士との対戦成績は、19勝73敗(2009年4月27日時点)である。
  • 2003年~2004年のNHK杯テレビ将棋トーナメントにおける活躍はめざましく、2003年は1回戦で畠山鎮に、2回戦では当時A級棋士だった青野照市に勝利し(3回戦で中原誠に敗退)、翌年も1回戦では佐藤秀司に勝利、2回戦ではタイトルホルダーの佐藤康光をあと一歩のところまで追い詰めた(この時解説を務めた先崎学は「九分九厘中井の勝ち」と評し、佐藤も対局後に「僕が負けてもおかしくなかった。」とコメントを残している)[2]
  • 61年ぶりに実施された日本将棋連盟のプロ編入試験(2005年)では、女性唯一の試験官に選ばれ、受験者の瀬川晶司と六番勝負の第4局で対局。かねてから女流棋士の中には連盟の正会員の地位を求める声があり、このアピールの機会に、中井は周りの女流棋士やファンの期待を受けて対局に臨んだが、中盤まで優位に進めながら終盤の大悪手で逆転負けを喫した[3]
  • タイトル戦など重要な対局は和装で臨む。
  • 1989年に将棋棋士で兄弟子の植山悦行と結婚し、3人の娘の母親でもある。
  • 同門の中座真は同郷にして同学年で、中座が四段昇段を果たした際には実家に伝えた。
  • 2006年12月、女流棋士新法人設立準備委員会の委員長に就任。女流棋士団体の日本将棋連盟からの独立のために各方面との調整や支援者集めなどに駆け回り、その結果、2007年5月に日本女子プロ将棋協会(LPSA)が結成され、初代代表理事に就任した。
  • 2014年1月23日、LPSAを退会[4]。以後はフリーの女流棋士として活動することになった。
  • 趣味はゴルフ、海外旅行。

棋戦・タイトル・昇段履歴

  • 1981年 第6回小学生将棋名人戦で準優勝。[5]
  • 1981年4月 女流2級でプロ入り。当時11歳10ヶ月で、史上最年少プロだった(現在は藤田綾の11歳6ヶ月が最年少記録)。
  • 1983年3月 女流初段へ昇段、4月に女流二段へ昇段。奨励会に6級で入会
  • 1985年度 16歳6ヶ月で女流名人初奪取。[6]
  • 1986年度 女流三段に昇段。
  • 1989年度 女流四段へ昇段。
  • 1990年度 初代女流王位獲得。奨励会を2級で退会。
  • 1992年度 女流五段に昇段。
  • 1992年 クイーン名人獲得。
  • 1994年度 女流王将初奪取。
  • 2001年度 倉敷藤花初奪取。
  • 2002年 女流六段に昇段。
  • 2003年 初の女流棋士400勝を達成。
  • 2008年度 女流名人位戦B級リーグに陥落。1984年度以来連続A級在籍(女流名人在位時も含む)の記録が24期で途絶える(翌期A級に復帰し、4勝5敗の成績をあげたが、順位の差で再び陥落した)。
  • 2009年4月27日 初の女流棋士通算500勝を達成。
  • 2010年7月29日 第18期倉敷藤花戦準々決勝で勝利し、女流棋戦最多連勝記録を28年ぶりに塗り替える18連勝を達成[7]。その後、19連勝まで伸ばす。
  • 2015年1月22日 初の女流棋士600勝を達成。

顕彰および公職

主な成績

タイトル・永世称号

他の女流棋士との比較は、棋戦 (将棋)#女流タイトル 、および、将棋の女流タイトル在位者一覧 を参照。

タイトル 番勝負 獲得年度 登場 獲得期数 連覇 永世称号資格
女王 五番勝負
4-5月
女流王座 五番勝負
10-12月
女流名人 五番勝負
1-2月
85(第12期)-86、88、91-93、99、01-02 18 9期
(歴代2位)
3 クィーン名人
女流王位 五番勝負
9-11月
90(第1期)-92 8 3期
(歴代2位)
3
(歴代2位)
女流王将 三番勝負
10月[11]
95(第17期)、02-04 12 4期
(歴代3位)
3
(歴代2位タイ)
倉敷藤花 三番勝負
11月
01(第9期)-03 5 3期
(歴代3位)
3
(歴代3位)
登場回数合計43回、 獲得合計19期 = 歴代3位
(番勝負終了前は除く。最新は2007年3月26日の女流名人位戦挑戦)

LPSA公認タイトル

  • 天河
    • 在位3期: 第1期(2008年度)、第3期(2010年度)、第4期(2011年度)

棋戦の優勝歴

LPSA

  • 日レスインビテーションカップ
    • 優勝5回: 第1回(2007年)、第2回(2008年)、第4回(2010年)、第5回(2011年)、第6回(2012年)
  • 1dayトーナメント
    • 優勝9回: 第1回・第7回(2007年)、第11回(2008年)、第20回・第24回・第29回・第31回(2009年)、第32回(2010年)、第51回(2012年)

将棋連盟

将棋大賞

  • 第13回(1985年度) - 女流棋士賞★
  • 第14回(1986年度) - 女流棋士賞★
  • 第16回(1988年度) - 女流棋士賞★
  • 第20回(1992年度) - 女流棋士賞★
  • 第27回(1999年度) - 女流棋士賞
  • 第29回(2001年度) - 最優秀女流棋士賞★
  • 第30回(2002年度) - 最優秀女流棋士賞★
  • 第31回(2003年度) - 女流棋士賞
  • 第32回(2004年度) - 女流棋士賞
  • 第38回(2010年度) - 女流最多対局賞(30局)
★印は、女流の最高賞(1998年度までは「女流棋士賞」、1999年度から「最優秀女流棋士賞」が最高賞)。

記録

  • 公式女流棋戦最多連勝 - 19連勝(2010年度、歴代2位)[12]
  • 年度最多対局 - 48局(2001年度、歴代2位)
  • 年度最多勝利 - 39勝(2001年度、歴代2位)

著書

  • 中井広恵の実戦次の一手 講談社 (書籍情報: ISBN 4062046482)
  • 中井広恵の駒の自然な使い方 日本放送出版協会 (書籍情報:ISBN 978-4140161562)

関連書

  • 鏡花水月-女流棋士中井広恵/その戦いの日々と生活の詩(著者青山牧美) アップフロントブックス (書籍情報: ISBN 4847015649)

脚注

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  1. ^ 2011年に日本将棋連盟の女流棋士番号が改変され、現在の17番は千葉涼子がつけている。
  2. ^ 特に、対青野戦は両者共に和服で登場。2回戦にもかかわらず双方和服での対局は非常に珍しく、この対局にかける両者の意気込みを感じさせた。
  3. ^ 将棋界における棋士と女流棋士は別制度であり、女流棋士は連盟の正会員として認められていないため、正会員(棋士)にはある固定給や厚生年金・健康保険などがなく、棋士総会にも出席できない(2005年当時)。女流棋士たちの間には、中井がこの一局に勝てば、女流棋士の正会員化への道が開けるのではとの期待があった。この特例の編入試験の翌年、プロへの編入が制度化され、非常に高いハードルではあるが、女流棋士から正会員となる方法が一応はできた。また、中井らが連盟から独立してLPSAを設立した(2007年)後の2010年11月12日に行われた連盟臨時総会で「女流四段以上またはタイトル経験者」である女流棋士を正会員とすることが決議され、9人の連盟所属女流棋士が正会員となった。「女流棋士 (将棋)#正会員」を参照。
  4. ^ 中井広恵六段 LPSA退会のお知らせ - LPSA・2014年1月24日
  5. ^ 第38回(2013年)大会終了時点における女子の最高成績である。なお、この大会には後にプロ棋士となる羽生善治佐藤康光村山聖畠山成幸畠山鎮近藤正和らが出場していた。佐藤と畠山成幸は3位であった。
  6. ^ 女流棋士のタイトル獲得最年少記録は林葉直子(女流王将)の14歳3ヶ月で、中井の記録はこれに次ぐ。さらに里見香奈(倉敷藤花)が16歳8ヶ月で続く。
  7. ^ 1982年度の林葉直子が17連勝を記録。その後、1993年度の山田久美、1994年度・1998年度の清水市代が同記録に並んでいた。
  8. ^ LPSA 「中井広恵六段、蕨市教育委員任命」2011年09月29日
  9. ^ 将棋界からの教育委員就任は、木村義雄神奈川県茅ヶ崎市教育委員、1961年~1965年)、米長邦雄東京都教育委員、1999年~2007年)についで3人目。
  10. ^ 将棋女流棋士の受賞は、第2回(2007年)の矢内理絵子に続き2人目。
  11. ^ 2008年度以前の女流王将戦は、5月から7月にかけて五番勝負として行われた。また、1992年度は開催されなかった。
  12. ^ 2015年に里見香奈が連勝記録を更新。なお中井の連勝記録をストップさせたのも、奇しくも里見香奈である。(2010年8月26日、女流王将戦本戦2回戦)

関連項目