中山仁

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なかやま じん
中山 仁
本名 中山 仁平
別名義 梶原 仁(旧芸名)
生年月日 (1942-09-25) 1942年9月25日(76歳)
出生地 Flag of the Republic of China-Nanjing (Peace, Anti-Communism, National Construction).svg中華民國北平
出身地 日本の旗 日本 東京都
身長 176 cm[1]
血液型 A型[1]
職業 俳優歌手
ジャンル 映画テレビ舞台
活動期間 1965年-
活動内容 1965年劇団NLT入団
1968年浪曼劇場創立に参加
1972年:浪曼劇場解散
配偶者 寺田史
著名な家族 中山玲(娘)
ari(娘)
主な作品
映画
』『愛の讃歌』『智恵子抄
『囁きのジョー』『伊豆の踊子
スペーストラベラーズ
テレビドラマ
サインはV』『七人の刑事
草燃える』『ウルトラマン80
付き馬屋おえん事件帳
舞台
『鹿鳴館』『双頭の鷲
黒蜥蜴』『女の一生』

中山 仁なかやま じん1942年9月25日[1] - )は、日本俳優。本名、中山 仁平[2][3]

中華民國北京生まれ[2]東京都出身[1]東京都立雪谷高等学校卒業[2]早稲田大学第一政治経済学部政治学科中退[2][3]オフィスのいり所属。

来歴・人物[編集]

大学を二年で中退後、1964年文学座付属演劇研究所に第4期生として入る[2]。翌年(1965年)、「劇団NLT」に入団。同年、テレビドラマ乱れる』(フジテレビ系)に南田洋子の相手役に抜擢され、「梶原 仁」の芸名でデビュー[2]1966年に同番組が終了と同時に、芸名を「中山 仁」に改め、化粧品会社のポスターに起用され、売り出しのきっかけをつかむ[2]。同年4月には『ひき逃げ』で映画初出演し、『リュイ・ブラス』で舞台にもデビューを果たす。[2]

1967年五所平之助により松竹映画『』の主役に抜擢されたことで注目を集め、以降は重要な役が増えていく[2]。同年には『囁きのジョー』、『花の宴』などの映画で活躍し、日本映画製作者協会(エランドール賞)新人賞を受賞する[2]1968年三島由紀夫主宰の劇団「浪曼劇場」創立に参加し、1972年の解散まで所属[2]

1970年代以降は、主な活躍の場をテレビに移し、テレビドラマ『サインはV』(1969年TBS)でお茶の間でもおなじみの顔となる[2]。翌年(1970年)に同作は映画化もされ、中山は鬼コーチの代名詞となった[2]。『サインはV』の撮影は体育館ばかりだったため、大ヒットドラマという実感を味わうことはなかったが、1973年に続編が制作され、前作と同じ牧コーチ役で出演した時、初めて1作目の熱量に気づいたという[4]

そのほか、『七人の刑事』『ウルトラマン80』『付き馬屋おえん事件帳』といった、さまざまなジャンルのドラマに出演した。『80』にはUGMのオオヤマ一樹キャップ役で出演し、オファーを承諾した理由について、『サインはV』でメディアの力の凄さを知ったことが大きかったと語っている[5]

コンタックのCMではコミカルな役柄で注目され[3]2000年以降もバイプレーヤーとして単発ドラマや舞台を主な活動の場としている。

1968年に映画『激流』で共演した女優・寺田史(俳優・寺田農の実妹)と結婚し、二子あり[2]。娘の中山玲は女優として活動しており[2][3]、もう一人の娘はピアニスト歌手のari[6]

趣味は釣り[2]。特技は歌唱で、テイチクと専属契約を結び数枚のシングルレコードをリリースしていた[7]

本人の話し方と1970年代の出演作品については関根勤に物真似されている。[要出典]

ある探偵事務所のイメージキャラクターに起用され、何枚もの中山本人の写真がいろいろなサイズで掲載された宣伝ポスターが製作された。このポスターは本来は探偵事務所の営業地域周辺でしか見る事ができないものだが、あまりにも”濃い”ポスターのため、投稿本『VOW』に掲載されたことがある。[要出典]

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

オリジナルビデオ[編集]

  • ジャック パチスロ闇の帝王4(1994年、ケイエスエス) - 土田圭吾
  • 真説 タイガーマスク(2004年、GPミュージアム)
  • 実録・大日本平和会 極道・平田勝市 抗争激流編(2005年、GPミュージアム)

舞台[編集]

  • リュイ・ブラス(1966年、劇団NLT
  • 鹿鳴館(1967年、劇団NLT)
  • 朱雀家の滅亡(1967年、劇団NLT)
  • 黒蜥蜴(1968年、松竹
  • 双頭の鷲(1968年、松竹)
  • クレオパトラ(1970年、浪曼劇場
  • 薔薇と海賊(1970年、浪曼劇場)
  • 闇夜のエトランゼ(1984年、五月舎)
  • 生きて行く私(1984年)
  • 雰囲気のある死体(1985年、木山事務所)
  • スージーウォンの世界(1985年、シアターアプル
  • 奇跡の人(1986年、日生劇場
  • ホワイト・クリスマス(1986年、博品館劇場
  • 夢千代日記(1987年、名鉄ホール
  • 時代屋の女房(1989年、名鉄ホール)
  • 奇妙な果実(1991年、地人会
  • 日本橋(1991年、松竹)
  • 飾り火(1991年、名鉄ホール)
  • 河の向こうで人が呼ぶ(1995年、地人会)
  • 源氏物語夜話 - 女三の宮(1997年、帝国劇場
  • サロメの純情(1998年、地人会)
  • 付き馬屋おえん(1999年、明治座
  • スピーキング・イン・タングス〜異言(2001年、シアター・J・innプロデュース)
  • 授業(2002年、下北沢OFF・OFF)
  • ソフィストリー〜詭弁〜(2003年、シアター1010)
  • 日本橋物語III 最愛のひと(2006年、明治座)
  • 山椒大夫(2006年、演劇倶楽部 座)
  • 狐狸狐狸ばなし(2008年、松竹)
  • 赤い城 黒い砂(2009年、日生劇場
  • 女の一生(2009年・2011年、劇団新派)
  • 善人なおもて往生をとぐ -親鸞わが心のアジャセ-(2010年、親鸞聖人750回大遠忌中国ブロック記念事業実行委員会)
  • 丹下左膳 -左膳の恋歌-(2010年、劇団若獅子)
  • 俺は君のためにこそ死ににいく(2011年、劇団夜想会

テレビアニメ[編集]

CM[編集]

音楽[編集]

シングル
  • 亜矢子 / 愛の絆(1966年、テイチク
  • 星の中のあいつ / 愛のさすらい(1966年、テイチク)
  • 宴(うたげ) / 維新の歌(1967年、テイチク)
  • 愛は別れか / 君を抱きたい(1967年、テイチク)
  • 小さな魔女 / 愛、恋、キス(1967年、テイチク)
  • 渚の恋人 / 愛の誓い(1967年、テイチク)

出典[編集]

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  1. ^ a b c d 中山仁”. 日本タレント名鑑. VIPタイムズ社. 2018年10月14日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 『日本映画人名事典』男優編<下巻>、キネマ旬報社1996年、332-333頁。ISBN 978-4873761893。
  3. ^ a b c d 『テレビ・タレント人名事典』第5版、日外アソシエーツ2001年、779頁。ISBN 978-4-8169-1852-0。
  4. ^ 感涙の”名セリフ&名シーン”50年秘史!「サインはV・中山仁」”. アサ芸プラス. 2018年10月27日閲覧。
  5. ^ タツミムック 2006, p. 91.
  6. ^ 俳優中山仁・娘の歌手ariの絆”. レディス4. テレビ東京. 2018年10月14日閲覧。
  7. ^ 『日本タレント名鑑'73』 VIPタイムズ社、1972年、98頁。
  8. ^ 三国志II 天翔ける英雄たち”. メディア芸術データベース. 2016年10月9日閲覧。

参考文献[編集]

  • 田島淑樹 「キャスト・インタビュー 中山仁」『君はウルトラマン80を愛しているか』 円谷プロダクション(監修)、辰巳出版〈タツミムック〉、2006年2月5日。ISBN 4-7778-0212-4。