中崎雄太

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中﨑 雄太
エイジェック硬式野球部 選手兼任コーチ #46
Nakazaki yuta.jpg
西武時代
(2013年7月18日、こまちスタジアムにて)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 鹿児島県曽於郡財部町(現:曽於市[1]
生年月日 (1991-03-11) 1991年3月11日(27歳)
身長
体重
180 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2008年 ドラフト1位
初出場 NPB / 2013年5月11日
最終出場 NPB / 2016年6月16日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
派遣歴
コーチ歴
  • 栃木ゴールデンブレーブス (2017)
  • エイジェック

中﨑 雄太(なかざき ゆうた、1991年3月11日 - )は、鹿児島県曽於郡財部町(現:曽於市)出身[1]プロ野球選手投手、左投左打)・コーチ

広島東洋カープに所属するプロ野球選手の中崎翔太は実弟[2]

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

曽於市立財部小学校2年から財部サンデーズで軟式野球を始めた。曽於市立財部中学校では軟式野球部に所属し、1年でエースとして県の1年生大会優勝。中学2年生で硬式野球の「都城リトルシニア」に入団した。日南学園高等学校では有馬翔と同期で、ともに1年の夏からベンチ入りしている[3]。同年秋には背番号1をつけて県大会に臨んだが、練習中に左足靭帯を負傷し、その間に有馬がエースとなった[4]

2年春には主にリリーフを務め、チームは県大会で優勝した[5]。同年夏の宮崎大会では有馬と交互に先発を任され[6]第89回全国高等学校野球選手権大会に出場を果たす。登板のない時は左翼手を務め、制球良く最速144km/hの速球を投げる奪三振の多い投手だった[7]。三回戦で田中健二朗を擁する常葉菊川高等学校と対戦し、延長10回から登板したが決勝タイムリーを打たれ敗れている[4]。3年夏は投手兼右翼手[8]として2年連続甲子園出場を目指したが、県大会決勝で宮崎県立宮崎商業高等学校赤川克紀と投げ合い、2回から登板して8回まで3安打無失点に抑えたものの1対2で敗れた[9]

西武時代[編集]

2008年10月30日に行われたプロ野球ドラフト会議埼玉西武ライオンズから1巡目で指名され[10]、契約金と年俸それぞれ8,000万円、800万円(いずれも推定)で仮契約を結んだ[11]。背番号は「21」に決まった[12]鈴木葉留彦編成部長からは「涌井秀章岸孝之に続く逸材」と高い評価を受けていた[13]

2009年は一軍・二軍とも出場が無かった[14]

2011年11月13日に背番号が46に変更された[15]

2012年のシーズン終了後に小石博孝中田祥多と共にオーストラリアン・ベースボールリーグメルボルン・エイシズに派遣され、ウインターリーグに参加した[16]

2013年5月9日に出場選手登録され[17]、11日の対福岡ソフトバンクホークス戦において6回一死の場面に2番手でプロ初登板し、2/3回を投げ被安打3、被本塁打1、2失点だった[18]。対戦第一打者の長谷川勇也に本塁打を打たれたが[19]、プロ初登板で対戦第一打者に被本塁打したのは史上62人目だった[20]。7月18日、フレッシュオールスターゲームイースタン・リーグ選抜チームメンバーとして5回に4番手で登板し、1回を投げ無失点で勝利投手になった[21]

2014年、3月下旬にチーム内でインフルエンザが蔓延したため二軍の試合に出場できる選手が不足し、3月23日のイ・リーグの対横浜DeNAベイスターズ戦では右翼手として先発出場した(この試合では投手の松下建太も左翼手で出場)[22][23]

2015年は左手中指、人差し指、手のひらの血行障害を発症し、8月下旬に手術を受けた[2]

2016年3月に投球フォームをサイドスローに改め[2]、一軍ではプロ入り最多の8試合に登板したものの10月1日に球団から戦力外通告を受けた[24]。その後11月12日に行われた12球団合同トライアウト阪神甲子園球場)に参加、打者3人に対し被安打0、奪三振2の成績だった[25]。12月2日付で自由契約選手となった[26]

BCリーグ・栃木時代[編集]

2017年1月、ベースボール・チャレンジ・リーグに参入する栃木ゴールデンブレーブスに選手兼コーチとして入団した[27]。2017年シーズンは、31試合に登板して1勝2敗2セーブ、防御率3.86であった(主にセットアッパーに起用)[28]。シーズン終了後の12月25日に栃木を退団することが発表された[28][29]。発表に付されたコメントの中で、「1枠でも若い選手にチャンスを与え、1人でも多くNPBに行ってもらいたい。その想いも含めBCリーグは身を引くことを決断しました」と述べている[28][29]

社会人野球時代[編集]

前年に在籍したBCリーグ・栃木を運営するエイジェックグループが2018年より社会人野球に参入。その硬式野球部に中崎も選手兼任コーチとして入団した[30]

選手としての特徴[編集]

元々はオーバースローだったが、2016年に転向したサイドスローのフォームは、打者に背番号が見えるほどの半身の体勢からクロスステップで投球し、投球後は体が一塁側に大きく流れるという独特のもの。そのため、球場のバックスクリーン方向からホームベース側を写すテレビ中継放送では、「画面から消える」[2]。転向に際しては、現役時代に左投げでクロスステップのサイドスローだった清川栄治二軍投手コーチが指導にあたった[31]

転向前は直球は最速146km/h[32]を記録していたが、転向後は最速130km/hになった[2]

なお、BCリーグ移籍後はもとのオーバースローに戻している[33]

遠投はプロ入り時で100メートル[1]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2013 西武 7 0 0 0 0 0 0 0 0 .--- 53 9.2 19 2 5 0 0 3 0 0 12 10 9.31 2.48
2016 8 0 0 0 0 0 0 0 0 .--- 23 6.0 4 1 2 0 1 3 0 0 4 4 6.00 1.00
NPB:2年 15 0 0 0 0 0 0 0 0 .--- 76 15.2 23 3 7 0 1 6 0 0 16 14 8.04 1.97
  • 2017年度シーズン終了時

記録[編集]

NPB初記録
NPBその他の記録
  • 初登板で対戦した第一打者に被本塁打:2013年5月11日、対福岡ソフトバンクホークス7回戦(鹿児島県立鴨池野球場)、6回裏1死に長谷川勇也に左越2ラン ※史上62人目

背番号[編集]

  • 21 (2009年 - 2011年)
  • 46 (2012年 - 2017年)

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 2008年ドラフト指名者 西武 1位指名 スポニチ Sponichi Annex
  2. ^ a b c d e 「画面から消える投手」誕生秘話 西武中崎の覚悟「生き残るために…」 Full-count 2016年6月7日掲載
  3. ^ 朝日新聞、2006年6月21日付朝刊、宮崎地方面
  4. ^ a b 朝日新聞、2007年8月18日付朝刊、宮崎地方面
  5. ^ 朝日新聞、2007年4月10日付朝刊、宮崎地方面
  6. ^ 朝日新聞、2007年8月4日付朝刊、P.23
  7. ^ 朝日新聞、2007年8月11日付朝刊、宮崎地方面
  8. ^ 朝日新聞、2008年6月13日付朝刊、宮崎地方面
  9. ^ 朝日新聞、2008年7月22日付朝刊、宮崎地方面
  10. ^ 2008年 ドラフト会議開催! 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト 2008年10月30日配信
  11. ^ 朝日新聞、2008年11月12日付朝刊、宮崎地方面
  12. ^ 2008年 ドラフト指名6選手入団会見! 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト 2008年12月10日配信
  13. ^ 読売新聞、2008年11月12日付朝刊、宮崎地方面
  14. ^ 2009年度 埼玉西武ライオンズ 個人投手成績(イースタン・リーグ) NPB.jp 日本野球機構
  15. ^ 2012年 背番号のお知らせ 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト 2011年11月13日配信
  16. ^ オーストラリア ウインターリーグ参加メンバーのお知らせ 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト 2012年11月3日配信
  17. ^ 公示(出場選手登録・抹消) 2013年5月 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト
  18. ^ 2013年5月11日 福岡ソフトバンク 対 埼玉西武 成績詳細 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト
  19. ^ 【西武】中崎、地元でホロ苦デビュー 日刊スポーツ 2013年5月11日掲載
  20. ^ ヤクルト 徳山 痛感1軍の壁「2軍で通用していたボールが…」 スポニチ Sponichi Annex 2013年5月16日掲載
  21. ^ 2013年度フレッシュオールスター・ゲーム 試合結果 NPB.jp 日本野球機構
  22. ^ 西武ドラ1・森もインフルに…感染者12人、選手足りない! スポニチ Sponichi Annex 2014年3月26日掲載
  23. ^ 2014年3月23日 (日) 横浜DeNA 7 - 0 埼玉西武 NPB.jp 日本野球機構
  24. ^ 埼玉西武ライオンズ選手来季契約について”. 埼玉西武ライオンズ (2016年10月1日). 2016年11月15日閲覧。
  25. ^ 65人が参加/12球団合同トライアウト詳細”. 日刊スポーツ (2016年11月12日). 2016年11月15日閲覧。
  26. ^ 2016年度公示 自由契約選手 NPB.jp 日本野球機構
  27. ^ 選手兼任ピッチングコーチ決定のお知らせ”. 栃木ゴールデンブレーブス公式サイト (2017年1月10日). 2017年1月10日閲覧。
  28. ^ a b c “栃木GB 中崎兼任コーチが退団”. 下野新聞. (2017年12月26日). http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/sports/braves/news/20171226/2916349 2018年1月20日閲覧。 
  29. ^ a b 【チーム情報】退団選手のお知らせ - 栃木ゴールデンブレーブス(2017年12月25日)
  30. ^ “前広島・梵がエイジェック入り 今季社会人参入チームでコーチ兼内野手”. Sponichi Annex. (2018年5月29日). https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2018/05/29/kiji/20180528s00001173320000c.html 2018年5月29日閲覧。 
  31. ^ 「画面から消える投手」誕生秘話 西武中崎の覚悟「生き残るために…」 Full-count 2016年6月7日掲載(2ページ)
  32. ^ “146キロ中崎、西武1位に光栄/ドラフト”. 日刊スポーツ. (2008年10月30日). http://www.nikkansports.com/baseball/professional/draft/2008/news/f-bb-tp1-20081030-424352.html 2016年7月21日閲覧。 
  33. ^ 元西武のBC栃木中崎が開幕戦ホールド「緊張した」”. nikkansports.com (2017年4月8日). 2017年4月9日閲覧。
  34. ^ 2013年6月27日 埼玉西武 対 楽天イーグルス 成績詳細 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト

関連項目[編集]