中後雅喜

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中後 雅喜 Football pictogram.svg
名前
カタカナ チュウゴ マサキ
ラテン文字 CHUGO Masaki
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1982-05-16) 1982年5月16日(36歳)
出身地 千葉県千葉市稲毛区
身長 178cm
体重 73kg
選手情報
ポジション MF
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2005-2009 鹿島アントラーズ 69 (4)
2009 ジェフユナイテッド千葉 (loan) 19 (0)
2010-2011 ジェフユナイテッド千葉 8 (0)
2011 セレッソ大阪 (loan) 24 (0)
2012-2017 東京ヴェルディ 142 (11)
1. 国内リーグ戦に限る。2017年12月29日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説■サッカー選手pj

中後 雅喜(ちゅうご まさき、1982年5月16日 - )は、千葉県出身の元プロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(ボランチ)。

来歴[編集]

高校時代はジェフユナイテッド市原ユース(現ジェフユナイテッド市原・千葉ユース)に所属。駒澤大学への進学後は、大学No.1ボランチと評され活躍した。

2005年に鹿島アントラーズに加入。2年目の2006年途中から、パウロ・アウトゥオリ監督によって見出されボランチに定着、攻撃の組み立て役としてピッチ全体をワイドに使った精度の高い長短のパスで攻撃をリードした。2007年から就任したオズワルド・オリヴェイラ監督にも当初は重用されたものの、2007年途中に小笠原満男がチームに復帰したこともあり、小笠原、青木剛に次ぐボランチの三番手に甘んじ、起用法は途中出場や本職ではないDFが中心になっていった。

2009年、先発出場の機会を求め、ユース時代の古巣でもあるジェフユナイテッド市原・千葉に期限付き移籍。当初はアレックス・ミラー監督の戦術と合わずに冷遇されたが、江尻篤彦への監督交代後は正ボランチに定着した。2010年より千葉へ完全移籍も出場機会は減少。2011年からは期限付き移籍で、セレッソ大阪でプレイすることになった。

C大阪では序盤戦こそ定位置を確保したものの、シーズンが進むにつれ扇原貴宏の台頭などにより出場機会が減少。結局、同年12月10日、C大阪との期限付き移籍期間満了、レンタル元の千葉からも契約満了に伴い来季の契約を更新しないことが発表された。

2012年から東京ヴェルディへ移籍。2017年12月28日、今季限りで現役を引退し、アカデミーのコーチになることを発表した[1]

人物[編集]

妻はモデルの関清香。2008年7月26日に入籍した。

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2001 駒大 17 - - - 3 0 3 0
2002 6 - - 3 1 3 1
2003 - - 1 0 1 0
2004 - - - 1 0 1 0
2005 鹿島 22 J1 0 0 2 0 0 0 2 0
2006 17 0 6 0 4 1 27 1
2007 16 28 4 9 0 2 0 39 4
2008 24 0 1 0 2 0 27 0
2009 千葉 8 19 0 2 0 1 0 22 0
2010 J2 8 0 - 2 0 10 0
2011 C大阪 5 J1 24 0 1 0 1 0 26 0
2012 東京V 8 J2 19 2 - 1 0 20 2
2013 15 0 - 1 0 16 0
2014 24 1 - 0 0 24 1
2015 40 4 - 2 0 42 4
2016 31 3 - 2 0 33 3
2017 13 1 - 1 0 14 1
通算 日本 J1 112 4 21 0 10 1 143 5
日本 J2 150 11 - 9 0 159 11
日本 - - 8 1 8 1
総通算 262 15 21 0 27 2 310 17
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFCACL
2008 鹿島 16 1 0
2011 C大阪 5 8 0
通算 AFC 9 0

代表歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 中後 雅喜選手引退 アカデミーコーチ就任のお知らせ”. 東京ヴェルディ1969 (2017年12月28日). 2017年12月29日閲覧。

関連項目[編集]