中日スタヂアム事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動先: 案内検索

中日スタヂアム事件(ちゅうにちスタヂアムじけん)とは、1973年に発生した中日スタヂアム(現・ナゴヤ球場愛知県名古屋市中川区)の経営をめぐる恐喝事件。

事件の発端[編集]

1948年に開設された中日スタヂアム(中日球場)の運営会社である株式会社中日スタヂアムは、1960年代から球場経営とは別に岐阜県内に観光用ホテルを設置するなど業務の多角化を図ったが、それが仇となり経営に行き詰まった。そのような中1973年4月、東京都練馬区の娯楽機器販売会社社長Aが融資していた大田区の食品販売会社の株式手形と、別の会社経営者B保有の中日スタヂアムの株式手形8億円相当分を交換。それをAの知り合いの会社経営者らに「死んだら終わりだ」と恐喝して無理矢理に手形を購買させていた。

その後5月になると中日スタヂアムの社長Cが経営難を苦にして自殺。その直後、中日スタヂアム社は160億円の負債を抱えて破産宣告を受けた。一時は球場閉鎖も取り沙汰されたが、破産管財人の許可を得て中日球団が球場を直接管理する形で、その後の中日ドラゴンズ主催試合は予定通り行われた。

中日スタヂアムが破産すると、Bはヨーロッパへ逃亡していたが、1973年12月の帰国を待って逮捕された。Aが1970年代前半に起こした4人連続殺人事件に関与していたのではないかと噂されたが、これとは無関係と主張していた。