中村コウ

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中村 コウ(なかむら こう、1920年 - )は、日本の陸上競技選手。1936年ベルリンオリンピック陸上女子円盤投代表。元円盤投日本選手権覇者。日本投てき界でオリンピックで初めて入賞を果たした名選手として知られる。

来歴[編集]

北海道釧路市出身。釧路市第三高等小学校、北海高等女学校(現在の札幌大谷中学校・高等学校)の女学生時代に1936年ベルリンオリンピック日本代表に選ばれる。[1]

1936年ベルリンオリンピックの最終予選会で37m80を投げて優勝[2]、姉貴分の峰島秀らとともにドイツに渡った。峰島とともに出場した円盤投では、4位入賞を成し遂げ[3][4]、峰島は5位に入賞した[3]銅メダルにはあと一歩届かなかった。中村の力投シーンは、記録映画『民族の祭典』に登場する[3]

日本選手権では、1935年に35m90をマークして優勝。日本一になった。

ベルリンオリンピックの時点でまだ15-16歳と若かったため、1940年東京オリンピックの金メダル候補として期待されたが、日支事変の影響などで日本政府が開催権を返上、大会は開かれずに幻に終わった。1939年1月にはオリンピック開催を信じて、峰島や山内リエらとともに台湾で12日間の強化合宿に参加した[5]

脚注[編集]

  1. ^ 1912年~2008年夏季オリンピック日本代表選手団に関する資料:所属組織と最終学歴を中心に (PDF)”. 早稲田大学スポーツ科学学術院. 2014年7月4日閲覧。
  2. ^ 勝場・村山 2013, p. 150.
  3. ^ a b c 勝場・村山 2013, p. 153.
  4. ^ 1936年ベルリン大会 日本代表選手団 入賞者一覧”. 日本オリンピック委員会. 2018年6月25日閲覧。
  5. ^ 勝場・村山 2013, pp. 154-155.

参考文献[編集]

  • 勝場勝子・村山茂代『二階堂を巣立った娘たち―戦前オリンピック選手編―』不昧堂出版、2013年4月18日、171頁。ISBN 978-4-8293-0498-3。
  • 山本邦夫『日本陸上競技史』日本陸上競技連盟監修、道和書院、1979年。

関連項目[編集]