中村竹弥

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なかむら たけや
中村 竹弥
本名 佐藤 友彦 → 佐藤 勇
生年月日 (1918-07-11) 1918年7月11日
没年月日 (1990-05-28) 1990年5月28日(71歳没)
出生地 東京都台東区
死没地 東京都新宿区
国籍 日本の旗 日本
職業 俳優
ジャンル 映画テレビドラマ
活動期間 1933年 - 1990年
配偶者 花柳小菊
著名な家族 松本麗三郎
事務所 民衆座
主な作品

テレビ
大江戸捜査網

中村 竹弥(なかむら たけや、1918年大正7年)7月11日 - 1990年平成2年)5月28日)は、日本の俳優東京市浅草区(現・東京都台東区)出身。妻は女優の花柳小菊

来歴・人物[編集]

父は七代目市川中車門弟の市川百太郎(のちの松本麗三郎)。旧制今戸小学校(現・台東区立桜橋中学校)卒業後、歌舞伎役者の中村竹三郎に弟子入り。昭和8年、15歳のとき浅草宮戸座で初舞台を踏む。

尾上菊五郎劇団、松竹移動国民劇、民衆座で長い下積み生活を送っていたが、1953年のテレビ開局に伴い、テレビ時代劇に進出、KRテレビ(TBSテレビ)の専属俳優となり、以後『半七捕物帳』(1956年)、『右門捕物帖』(1957年)、『旗本退屈男』(1959年)、『新選組始末記』(近藤勇1961年)、『丹下左膳』(1965年)など同局の人気ドラマに次々と主演し、草創期のテレビ時代劇を代表する俳優となった。歌舞伎出身で、テレビが生んだ時代劇スターの第一号といわれる。

1966年以降はTBSの専属を離れ、時代劇を中心に存在感のある脇役として活動した。1970年にスタートした『大江戸捜査網』の「御前」こと旗本寄合席隠密支配・内藤勘解由は当り役となり、一般には「内藤の殿様」と呼ばれる程の人気を博し、1981年まで演じた。『水戸黄門』では家老を多く演じていた。

名古屋・御優座の「細川たかし公演」に出演中の1990年1月に体調を崩し、同舞台を降板、その後、体調はさらに悪化し同年5月20日に国立医療センターに入院するが、5月28日午前10時52分に心不全のため帰らぬ人となった(満71歳)[1]

出演[編集]

映画[編集]

  • 残酷の河(1963年、松竹) - 明智光秀 ※初出演映画作品。
  • 幕末残酷物語(1964年、東映) - 近藤勇
  • 新・鞍馬天狗(1965年、大映) - 近藤勇
  • 日本大侠客(1966年、東映) - 大滝喜一郎
  • 男の勝負(1966年、東映) - 中村治兵衛
  • 昭和残侠伝 一匹狼(1966年、東映) - 本間昌作
  • 博奕打ち 一匹竜(1967年、東映) - 伊勢
  • 続・渡世人(1967年、東映) - 藤井銀蔵
  • 侠客列伝(1968年、東映) - 坂上千代松
  • 人生劇場 飛車角と吉良常(1968年、東映)
  • 前科 ドス嵐(1969年、日活) - 千石長太郎
  • やくざの横顔(1970年、日活) - 本堂太平
  • 鮮血の記録(1970年、日活) - 北村
  • 昭和残侠伝 死んで貰います(1970年、東映) - 寺田友之肋
  • 現代やくざ 盃返します(1971年、東映) - 長尾
  • 潮騒(1975年、東宝) - 宮田照吉
  • 春琴抄(1976年、東宝) - 鵙屋安左兵衛
  • 隠密同心 大江戸捜査網(1979年、東宝) - 内藤勘解由
  • 俺ら東京さ行ぐだ(1985年、松竹) - 農協の理事長
  • マルサの女2(1988年、東宝) - 漆原

 etc.

テレビドラマ[編集]

 etc.

脚注[編集]